札幌は一夜にして豪雪地帯となった。道庁も冬景色。

 

北京五輪もいよいよ迫って来たが、カーリング日本女子がプレーオフで韓国に勝利し、五輪参加資格を獲得したという嬉しいニュースが飛び込んできた。

以前はオホーツク海の流氷とホタテなどで知られる程度だった常呂(ところ)町が、今やカーリングのメッカとして全国的にも有名になった。

平昌五輪の威力恐るべしであるが、地元が官民一体となって尽力した成果でもある。

 

一方フィギュアスケートに目を向けると、羽生選手出場の確定情報は未だなく、我が子の合格発表を今かと待つ、受験生の親のような心境だ。

JSF(日本スケート連盟)とは不思議な団体で、羽生選手出場の有無を取材陣に聞かれた連盟幹部は、「出ないとは聞いていない」という、何とも曖昧で歯切れの悪い回答をした。

少なくとも、アマチュア競技でありながら宝塚公演よりも高い料金を取るのだから、ファンやメディアなどに説明責任が伴うのは組織として当然なはずである。

今のJSFに足りないのは、カーリングのように時間をかけた選手の育成、新たなファン開拓に向けた地道な努力、スポンサーへの誠意あるアプローチなどであろう。

 

頭を切り替えて羽生選手の新プロ「ロンカプ」を考えてみると、先のイタリア講演に寄稿されたアジア研究学部教授、カーティア・チェントンツェ氏の言葉がヒントになるかもしれない。

氏は、世戦の『レミエン』を見て、羽生選手が「これ迄敢えて休眠させていた一面を引き出し、自分自身を超えて見せた」と述べている。

羽生選手が休眠させていたもの、それは「エロティシズム」であると。

チェントンツェ氏は、「目のくらむような完璧なパフォーマンスが引き起こす、強烈な感動を体験した」と述べているが、確かに『レミエン』はある種熱狂に近い興奮を世界で引き起こした。

ドイツ放送の『レミエン』動画再生回数が既に265万回を超え、今もなお増え続けているのは、演技に魅了された人達が次々とリピしているからでもあろう。

世戦当時、4A挑戦の為に体重を増やして筋力を強化していた羽生選手は、肩幅が広く、逞しささえ感じられる程になっていた。

羽生選手としてはマッチョな体型が、『レミエン』の音楽やライダー風の衣装ともピタリと合い、健康なエロティシズムとして観る側を挑発していたようにも思える。

 

その後日本では『ブライツ様』となって更にセンセーショナルに進化したが、BTSのダンスを研究していると聞いて、謎の一つが解けたような気がした。

DOIで『マスカレイド』を演じた頃にはスリムな羽生選手に戻っていたが、「魔性の美」とも呼ぶような、抗えない「壮絶美」は2年前より更に深まった。

その「美」をどう表現して良いか分からなかったのだが、先の教授の言葉「エロティシズム」がそれに当たるのかもしれないと思った。

最終的に、『ロンカプ』は、『バラ1』の様な「エレガントな美」と、『マスカレイド』のように官能的な「エロスの美」を併せ持つスタイルになるのではと、密かに期待している。 

 

 ※「惑星ハニューへようこそ」ブログ管理人の翻訳書き起こしより、一部を感謝して引用させていただきました。