羽生選手が6年振りにDOIに出演することが決まり、連日その話題で賑わっている。

これ迄出演した過去動画も多数挙げられ、進化の軌跡を興味深く観る事が出来た。

中でも一番印象に残ったのは、2011年の「旧ロミジュリ」の演技である。

羽生選手の「旧ロミジュリ」で最も有名なのは、2012年の世戦で3位に入賞した、伝説のニース編ではないかと思う。

自分もこれ迄はあの演技が一番だと思っていたが、今回の動画を見て考えが変わった。

 

青白いスポットライトを浴びてリンクに佇む羽生選手は、舞台に上がった俳優のようで、最初から物語の世界に入り込んでいるように見えた。

闇を睨みつけるように見据える、決意を込めた鋭い眼差し、3Aを含むジャンプを次々と決めながら、やがてロメオの怒りと絶望を叩きつけるように、慟哭のフィナーレへと突き進んで行く。

あまりにも激しく、哀しみを帯びた演技でありながら、それでいてゾクゾクするような、透明感のある美しいオーラが全身を覆っている。

僅か16歳の少年が演じるロミオの凄まじさに圧倒されながらも、目を離す事が出来ずに魅入ってしまった。

DOIでの演技は正しく憑依したロメオであり、同時に、震災からまだ僅かしか経っていない羽生選手の、やり切れない感情の発露のようにも思えた。

フィギュアスケート界では類まれな表現者であり、超一流のエンターテナーでもある羽生選手の真の出発点は、絶望の中から生み出された「旧ロミジュリ」にあるような気がする。

 

哲学者のサルトルによれば、「人間にとって挫折や敗北の局面こそが、実は起死回生の人生のスタートラインなのだ」という。

人は愛に包まれ、幸福に満ちていた人生からある日突然放り出され、否応なく自分の人生と向き合わざるを得なくなる時がある。

そこで突きつけられる問いは、自分が何のために生きるのか、その「意味」を見つけ出す事である。

当時の羽生選手にとって震災のダメージはあまりにも大きかったが、それを救ったのはスケートという「希望」であり、生きる「意味」であった。

「旧ロミジュリ」は、文字通り起死回生のプログラムであり、その後の人生を大きく変える転換点ともなったのである。

 

今日は2021年SOI横浜の特番があり、羽生選手の『ブライツ』や『レックレ』の演技をたっぷりと楽しむ事が出来た。

10年前、絶望の中で怒りと悲しみを演技にぶつけていた華奢な少年が、今では世界最高のスケーターとなり、コロナ禍で苦しむ人々に生きる勇気と希望を与える存在になったと思うと、感慨深いものがある。