駄目人間化 何もしない日々。(家事はやるけど) 刺激のない日々。 潤いのない日々。 体力もやる気も削がれて、散歩も筋トレも苦痛でしかない。 早く働きたい。そればっかり。 私は今、存在する意味が無い。 誰にも必要とされていない。 社会に貢献したい。誰かを助けたい。 私は何で、こうなってしまったんだろう。 やりたいこと沢山あったのに。 何に未来を奪われたんだろう。 もう嫌だ。死にたいわけじゃない けど、生きるのに疲れた。 希望を持つ自分が、悲惨でならない
ジショー 姉にも「もう自立する歳なんじゃない?」と言われ、やるせなさ。 「私達だって、そうやって独り立ちしてきたんだよ。」 って。 私とあなたじゃ精神状態が違う。 と思いたかった。 でも、こんなのは言い訳にしかならなくて、姉だって私の知らない所で親と色々あったろうし。 結局、自傷に逃げてしまった
親の深層心理 親が、私にグループホームに入所してほしそうにする。 言葉の表面って、噛み砕かなければ伝わらないものだから、投げかけられた時、瞬時にその裏側を察することってあまり無い。 親に「働く気になるだろうから、グループホームに入った方がいいと思う」と言われた。 父親にも、「そろそろ働いてほしい。普通のところはダメなのか」と言われた。 2人の言葉の裏側には、沢山の子を想う気持ちが含まれていると思う。 「自分たちが死んだら、この子のその後の人生は」 「病気も落ち着いたように見えるし、ちゃんと働けるんじゃないか」 「1人でもしっかり生きてほしい」 そういった、心配や期待があるんだと思う。 私はと言えば、漸くアップダウンが落ち着いて、B型で安定して働きたいなと、着実に心の準備を整えていて。でも、親の焦りや不安にどうしたらいいか分からなくて、居場所がどこにもないような気がして、凄く辛くなってます。 ハンディキャップが多いからこそ、先を見据えてゆっくり行動していきたいという気持ちが、親には怠慢のように感じられる部分もあるかもしれません。 複雑です。 親を責めたい気持ちと、理解したい気持ちと。 あの日、あの時。 そんな風に他人を責めたところで、心が軽くなる事なんてないし、過去が変わる訳でもない。 じゃあ、私はこの苦しみを何にぶつけたらいいんだろう。 抱え続ければ、いつかは消えると思ってたのに、日に日に大きくなっていくし、生きるという事自体、目的が分かりません。 私はもう、健康だった頃には戻れない。 心は痛みに敏感だし、脳の障害もあるし、左手も麻痺。 神様は、耐えられない人には試練を与えないと言いますが、本当なのだろうか