歩いた場所:仙遊寺~壬生川(西条市)
歩いた歩数:36186歩
歩いた距離:25.33キロ
今日は、今治市から
出発だった

僕の、学校の同級生が
差し入れをくれた♪

ありがとうございます!!
(このあと、ゴルフIに
行かれた…。笑
)今日は、宿に着いたのが
六時頃…。
洗濯をしようとすると。
室戸高校野球部の皆さんが
使用中
笑これには
焦った( ̄0 ̄;
町のコインランドリーに走る


今度は、大阪府から来た
ラグビー部の皆さんが
占領していた


笑これも
だいぶ参った

笑 結局、9時ぐらいまで
洗濯はかかってしまった…。
なかなか
うまく噛みあわないもんだ…笑
さぁ~( ̄0 ̄)/
タイトルの記事を
書いてみますね

「震災追悼・復興祈願
3・11につえつき出発
」仏人お遍路さん「一歩一笑」

高知の女性
「障害あるのに…勇気もらった!」
一歩ずつ、歩くごとに
笑顔の輪を広げたい…。
東日本大震災の犠牲者への追悼と復興の願いを込め、右足に障害のある
フランス人 男性のニコラ・シェンム
さん(27)が、つえをつきながら、
四国霊場88ヶ所(1200キロ)の
お遍路を続けている。
3月11日に鳴門市の1番札所、霊山寺を
出発、高知県を巡って
愛媛県に入った。
ニコラさんは「一歩一笑」を
目標に掲げ、
「これから頑張らなきゃと
思っている人の希望になれれば」と
70日間での‘結願’を目指している。

ニコラさんはフランス南西部の
ボルドー出身。
生後すぐ黄色ブドウ球菌に感染し、
骨盤と右足の付け根の骨の一部が
変形する障害を負った。
35回の手術を受けて
歩けるようになったが…。
今も骨盤と右足の関節付近を
プレートでつないで固定している。
10年ほど前から日本の歴史や文化に
関心を持つようになり、
過去3度来日している。
日本ガイドブックなどで
四国のお遍路についても知識があり、
「いつか挑戦できたら…。」と
思いながら、障害のため諦めていた。
そんなとき、東日本大震災が発生した。家々が津波にのみ込まれる映像をインターネットで見た。
「涙が出るほど悲しかった。
自分のことのように思えた。」
「大好きな日本のために
何かしたい!!!」と、
お遍路挑戦を決めた。
普段はつえなしでも歩ける。
しかし、お遍路では長時間、
路面舗装されていない山道などを歩く
そのため負担を和らげようと、
つえを使う練習を1月頃から始めた。
10キロの荷物を背負い、
パリのシャンゼリゼ通りで18キロを
4時間で歩くトレーニングもした。
霊山寺を出発してから40日が過ぎ、
初めて訪れた四国の印象を
「みんな優しい」と笑う。
ニコラさんを先頭に、
インターネットで知り合った
宇都宮市の落合加奈さん(30)と、
その知人で静岡県富士宮市の
大原直人さん(28)の3人で
1日約18キロ歩く。
右足やつえで体を支える両腕には
痛みがある…。
夜は野宿が多いが、行く先々で
食べ物や飲み物をもらう
‘お接待’を受けた。
落合さんは
「被災地には、救われない気持ちに
なっている人が多い。
‘ニコ’を知ってもらうことで、
その人たちの希望になる!」と語る。
海陽町では文房具店で
白布を譲ってもらい、
「一歩一笑 がんばれ日本」と
サインペンで力強く書いたのぼりを
作り、背中のリュックサックに
取り付けた。

高知県南国市の病院では、
ニコラさんの挑戦を知って
「障害があるのに歩いている姿に
勇気をもらった」という
女性と出会った。
その女性に人工呼吸器を付けて
入院している娘の
病室に案内してもらい、
一緒に写真を撮って励ました。
「みんなの希望になればと思って
始めたことが、目の前で実感できて
うれしかった。」
各札所の本堂と大師堂で必ず
般若心経を唱え、
「日本復興!!」と
手書きした札を納める。
20日は愛媛県愛南町の40番札所、
観自在寺を参拝した。
歩みは順調で、香川県さぬき市の
88番札所、大窪寺には70日以内に
たどり着くメドが立った。
ニコラさんは
「ハンディキャップがあっても病気でも、笑顔で進んでいけば、夢はかなうことを伝えたい」と願っている…。
ニコの一歩一歩進んでいく姿ってのが
本当にかっこよかった♪
のぼりが木にひっかからないように
さりげなく、
枝Iを杖で上げる大原さんの
やさしさ…。
パーティーの
ムードメーカー

落合さんの存在は
すごく大きく太陽
のようだ♪2日間、一緒に
歩けたことは


僕の、でっかい思い出になった♪
「3人いるから喜びも3倍なの♪」
この言葉は
胸にグッとI来る
言葉だった…。
