昨年の話しになります。
今は、かなり回復していて通学しています。
表情も生き生きしています。ここまでの道のりを綴りたいと思っています。
不登校初期の頃の私の対応で、不愉快な思いをされる可能性があるので
気になる方はスルーしてください。
退院後、初めてのカウセリング日になりました。
学校には1日行っただけで、しかも教室ではなく、ほとんど別室で過ごしていた様子。
それを聞き、私のモヤモヤ&イライラはどんどんピークに達していて、早くカウセリング
の先生に 話を聞いてもらいたいと思っていました。
あまり乗り気じゃない子供を着替えさせ病院に行くと、まず子供だけ先に
診察室に入りカウセリングを受けました。
10分もしないで診察室を出てきた子供に「次はお母さんが入って」と言われ
診察室に入ると、先生が「お子さんの様子はどうですか?」と聞かれ、「えっ?さっき
子供と面談したんじゃないの?」と思いました。(口は出していません)
私は、学校に行きたくないと言っている事。朝起きれない事。毎日ダラダラすごしている事。
習い事はすべて辞めたこと。学校には1日しか行ってなくてしかも別室で過ごしている
事。
もしかしたら朝起きれないのは起立性障害ではないか?と言う質問をしました。
先生は一言「想定内の出来事なので、落ち着いてください」と言い、私があまりに
感情的に一方的に自分の思いだけを伝えてしまったと思いました。
その後、落ち着いて話をし、先生に「今は親子の時間、お母さんと過ごす時間を
増やしてください。起立性障害の診断は今はコロナなのでちょっと難しいです」と言われ、
聞いたとき一瞬、私の悩みや思いは無視!?
それで私にもっと子供を関われって?何を言っているの?とへこんだ気持ちで
診察室を出ました。
家に帰って、夫に思いきり泣きながらその話をしました。
そしてこの頃から、つらい時間を忘れたくてパートから帰ると
浴びるようにアルコールを摂取する日々になりました。
つづく
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お読みいただきありがとうございます。
この時期は、自分の事ばかりで子供の事を第一に考えてあげることが
出来ず、なぜ?なぜ?と自問自答の繰り返しで苦しい時期でした。
また、子供が不登校になるという事実を受け入れられずにいました。
自分の気持ちは誰にもわかってくれないと常に自分ファースト。
悲劇のヒロイン気取りで毎日悶々としながら、パートに行きお昼は1人で過ごし
家に帰ると、アルコールを我を忘れるまで飲んでトイレに駆け込むという
悪循環の毎日でした。
今は、ほとんど飲みません。
お昼も仲間と談笑しながら過ごしています。
子供も毎朝ちゃんと起きています。
シュガーのmy Pick

