車座になって 普通の経験を語る ( 創価学会の思い出 ) | 新興宗教創価学会には、三宝が ひとつもありません。

新興宗教創価学会には、三宝が ひとつもありません。

創価学会は、元々は末法の御本仏日蓮大聖人の在家の信者の団体でした。
平成3年に日蓮正宗から教義逸脱等により破門され、今では 仏教的・平和主義的・人道主義的等の雰囲気を持つ 政治的な営利団体へと変貌しました。
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創価学会大幹部宅の個人会館にて




平成3年以後、転居先の支部幹部から 『新来者』を連れて来なさいと言われ、何度か 知り合いの人を誘って 個人会館に出向いたことがありました。


もちろん「末法の御本仏日蓮大聖人の教えを学びましょう。」と言って 誘ったのです。

知人も 仏教に興味を持って参加してくれたものでした。


慣例的に『車座になって』という、新来者と 紹介者を ぐるりと幹部が取り囲む形で 『対話』が始まります。


一人ずつ 「創価学会に入会して 学会活動に励んだら、悩みが解決したお話」を語るのです。


失業していたけれど、学会活動したら就職が決まったとか、夫の病気が良くなったとか、一生独身かと思っていたが 結婚相手が見つかった、一戸建てを購入出来た 等々の、いわゆる『創価学会の功徳の体験談』でした。


それが、どんなにひいき目に見ても、学会員でなくても 誰でもが経験しているような 内容だったのです。


ところが、話している人は 「まさしく我が身に起きた奇跡!」などと言い、他の人は「すごい!すごい!」と 讃嘆するのです。正直、通販番組みたいな雰囲気でした。


しかも 後で 落ち着いて考えてみますと、それらの体験談は 平成3年以前の 「日蓮正宗創価学会」 だった頃の 体験ばかりだったのです。


本当に、一人ずつ自分のことを 話すだけで 権実相対も  十界互具も  一念三千も 現代は末法であるという説明もないのです。 煩悩即菩提も 生死即涅槃もないし、臨終正念もありません。ただただ、創価学会に入会して 学会活動をすれば「人間革命」 できて 悩みが解決する、願いが叶うの 一点張りでした。


私が 日蓮正宗創価学会に入信した時のような、きちんとした 仏法対話ではなかったのです。


時間だけが過ぎ、スーツを着こんだ婦人部幹部さんが 唐突に「これ 書いてもらって。」と『入決用紙』を差し出します。


書かないと気まずいので、知人たちは 書いてくれましたが 「創価学会って、仏教かと思ってたけど そうじゃないんだね?」 「別に 創価学会に入らなくても ハローワークとか 病院に行けば いいよね。」などとと言われるのでした。

( 本当にそうです )


なぜ 仏法対話をしないのか?

たまたまか 或いは 地域性なのか と思っていたのですが、そうではなく 今になってみれば これが 破門後の 新興宗教創価学会『人間宗』『世界宗教創価学会』そのものなのだと気付き 愕然としました。


杜撰なことに、『入決用紙』に住所氏名を書いた知人達に 入会を勧める幹部は 誰ひとりありませんでした。ただ、『入決用紙』を 保管している婦人部幹部が その知人が聖教新聞を購読しているということにして 毎月『啓蒙用紙』を聖教新聞販売店に提出しており、配達先はその婦人部幹部の自宅にしていたことを知り 愕然としたことがありました。おそらくは、選挙の時期には『F』として報告していたのでしょうし、各会合にも誘ったことになっていたことでしょう。あるいは、なんなら もうすでに『入会』して ニセ本尊を受け『新会員』として『会員カード』が出来ているのかもしれません。