読滋記19-16510月28日(月) 「浅草で春だった」木俣堯喬(晩聲社)1985.3.26 こんな本があったのも知らなかったが、どこで知ったのか。何か面白い臭いがしたものだから、読み始めました。うまい文章と、破天荒な生き方、面白いわけがない。和泉聖治監督の親父さんで、親父も監督ぐらいしか知らなかった、だから、書名の浅草というのが、ピンとこなかったが、よく分かりました。さっそく、続も読みます。