10月27日(火)

「私の1960年代」山本義隆(金曜日)2015.10.8


昔、顔が似ていると言われたことがあるような気がする。頭は月とスッポンであるが。東大の入試がなかった年に、受験生だった。もちろん、東大の試験があろうが、受験などはるか彼方であったが。全共闘議長が、予備校の教師になったと、一部で囁かれてから、やっぱり大佛次郎賞など取った時期まで、話題にもならなかった日々、ここが、私などとは全く違うところで、本質的に有能と同時に勤勉の人なのだろう。それでもやっぱり、安田講堂に残ったほうがよかったのではと、いまだに悩む姿に、共鳴と安心もさせてもらう。自己の正当化かもしれないが。