主人が居なくなったあの時は、もう終わったと思ったし、
これから先生きれないと思ったから自分にそれなりの「普通の生活」が戻って来るなんて、とても考えられなかった。
主人が居ないから生きて行けない…ってのももちろんあったけど、
自分の深い深い後悔を思ったら生きれない、
生きてはいけない(駄目という意味)、そっちの方が強かったのかも知れない、今思えば。それこそ自分本位な思いだよね…
主人に私は何もしてあげてないのに。
それどころか、お礼も謝罪もお別れもせぬまま…
それで私、どんな顔して生きてけば良いんだ…?
そう思ってたと思う。
前と同じにはもうなれない。
だから無理だよ。
戻れない以上は全てが駄目。
そうも思ってたんだよね。
だけど今、だんだんとわかって来たような?変わって来た思いも少ししていて、
笑ってイイんだなぁ…って。
それは前と同じでは無いけど、今の私で笑っていいのかって。
前までの私は、笑えるはずが無いし笑うことに意味が無くも思えたし、
笑ってる場合でも無いし…
冷めた自分が大きく居過ぎた。
いや、今もそれはやっぱりあるんだけどね……
決して吹っ切れたとか諦め切ったわけでもなく、
開き直ったわけでも無くて、
主人と、主人の想いもここに一緒に居る感じに笑ったら良いのかな…って、ふと思う時が出て来ました。
うまく書けないし、
だからって心地良く大笑いが出来るわけでも無いんだけど、
なんか、
少しだけそう思い始めて、
前とは違う感じでも笑えば良いのかぁって。
同じ「死別」というものを経験しても、
その人、その時、その状況やタイミングによっても、それぞれ思うことってあるよね。
こんな事に気が付いたりする事も、
一つだけ「生きやすく」?なって来た部分なのかなぁ。
それにしても
主人に逢いたいと思う。
今ここに主人が居ればどれだけ幸せなんだろう…
もうそれは、
今の自分が想像付かないほどに、気絶しそうに嬉しすぎることなのは間違いないだろうな