ご覧いただきありがとうm(_ _)m

ございます。



本当に当時1番最初に


『今日休みだから店には行かなくていいよね…』でした…


でも…

近くに、別所部署があったので

確認には、行こうと

時間待ちしました…


いや〜

仕事は、忘れてないです。


でも…

『家族には、怪我なくちゃんと生きている

は、早く知らせとかないといけないと本当に本能的に思いました…


ところが…

固定電話が、通じない… 

勿論、あの当時は携帯電話も

通じない…

寮を出たきたばかりの

1人暮らしで、本当に誰も

知っている人がいない

めちゃくちゃ孤独感

襲って来ました。


本当に本能的に、

『自分を知っている人に

ちゃんと無事と知って欲しい

そして…

『安心してほしい』

本当にそう思いました。


ところが…

時間は、朝の5時頃、当時は、

1月15日が成人の日

また、当時はATMは土日祝は

休み手元にあるお金は

『510円』です。

500円玉1枚と

10円硬貨1枚でした…

これを持ってどう伝えるか?


何処に行けば、

繋がる電話のある所ないのか…


悲しい事に

つながるのは

赤電話10円玉しか

使えない。


でも…今でもやっぱり

『公衆電話』何気なく場所把握

してます。


10円玉しかない私…

今思えば、500円を両替してもらえば…

と思うけど当時は本当に人に

それを(両替)を頼める雰囲気でなく…


本当に、殺伐としてました…


いかに短時間で効率よくしないと…

皆んな、並んでるし…


災害時の当事者本当に…


多分冷静じゃないですよね…


電話だって…

10円で…

10円で誰に伝えたら確実に

伝わるか?

マジで考えたと思います。

(①近くに居て、

②とにかく家に繋がっていて、

③今の私の状況把握している

(慌てて話すだろう状況と思っている人…))

『それが、2番目の妹でした。』

①当時奈良に住んでいた。

②勿論家には、すぐ電話できる。

③勿論当時、阪神淡路大震災を知っている。

と判断したと思います。


10円で話した事は


『今お金おろせてないから、

お金おろしたらちゃんと電話するけど、家壊れてないから怪我してなくて、生きてるから、家に、電話しといて…


でした…

ところが…

なかなか、

お金おろせないんですよね…


ただ…

妹が家には、連絡してくれる

だろうから先ずは


『私は、生きている』

事は、家族に認識されている。

確信が本当に『支え』でした。


誰に認識されて無くても


『自分が知ってる人に生きてる』

を認識されて安心できるんだ…

実感しました。


妹から、言われたのは、

「姉ちゃん、連絡早かったから…

仕事場で、すぐ答えられた」

みんなに、感心されたらしい…


他の人は、連絡取れなくて

心配されていたらしいです。