まだ土井さんには気にかかっていることがあるようだ。
「あなたのお姉さんって、きれいなひとね」
「ああ単にお化粧上手かも」
「そんなこと言ったら失礼よ」
ここで、きのうの姉とのやりとりを話す。
「職場で重要な会議がある日は、必ず青色のハンカチを持っていくのね」と、姉が言った。
自分がしんどいと思うとき、験を担ぐというのか、お守りを身につけておきたいというのか、僕の場合はお気に入りの青いハンカチを持っていく。
その青いハンカチの縁の糸が切れかかっていると言って、姉がそれを素っ気なくゴミ箱に捨てようとしたので、僕が猛烈に反対して阻止したものだから、
「なぜ、そんなに強く言うのかしら。古くなったハンカチなんてみっともないじゃない」
「そんなことを言うもんじゃない。以前僕が大変困ったときに、これを持っていて、これが僕を救ってくれたんだ。これを持っていると、悪いことは起きない。もし悪くなったとしても、最悪の事態にはならない」
「えー、このハンカチにそんな効力があるなんて」
そして、一言、「よわっちぃ」と。横を向いて弱く言ったつもりでも、ちゃんとグサッときています、本人には。まあ、人間なんてそんなもの。いくつになっても、何かに頼りたい、すがりたい気持ちはあるもんだ。
僕がもっと若いときに書いた創作劇のノートを探し出して、ロバートに見せた。土井さんも知るところとなり、ノートを手にして「よくできているわ」とほめてくれたが、ほんの社交辞令であるし、自分では取るに足らないものだと思っている。今更手を加えることもない。夢中で書いた時の気持ちにならない、気分がのらない。書いている途中で、試みに劇中劇を書きたかったが、やってみてつなぎがむずかしいと思った。
劇の内容は、虫嫌いのなかでも特に蜘蛛が大嫌いな連中を集めてつくったアンチ・クモの会の話で、こわいものに対して異常に興奮する心理とか、徐々に会のイベントがエスカレートして、皆でフィギュアの大きな蜘蛛をこしらえたら、逆にこわくなくなってきたとか、エピソードを添えてペーソス風に書いたもの。梅雨時に部屋のベッドの上でピョンピョンとびはねる小さな蜘蛛を発見して、それを観察してかわいいと思ったとか、益虫だから大切にしないといけないとか、また、よく見ると顔がかわいいという意外な意見もあった。蜘蛛の巣は風に弱い、でも風に飛ばされるから移動が簡単じゃないか、気楽でいい。冬は見ないのでいないのか、まさか冬眠とかしているのかな。蜘蛛をとらえて火炙りにするいじめをしたやつまでいた。こわがり仲間であえてスパイダー・ソリティアで遊んだりした。ブローチ、ペンダントなどのアクセサリーを蜘蛛をこわくない、かわいいデザインにして販売したらけっこう売れて、それが会の活動資金源になった。やがてそれがグローバルになる予兆で、劇が終わる。そして現実世界で皆は蜘蛛から雲、クラウドへと関心が移るというオチ。
想像していたよりもおもしろいという評価だった。つまらない戯作とけなされるよりはまだいいか、と安堵した。これを見たロバートの批評やコメントは未だ聞いていない。