その日の夕方、居間に入ってきた妻に、
「あら、たばこくさい。あなた吸わないのに。またパチンコ店に寄ったの?」
「強く右打ちすると玉がよく出る台があるんだ」
「あんなもの、してほしくないわ」
「玉を目で追っていると無心になる」
「あなたストレスでもあるの?」
「いや、そういうわけでは」
「あるなら、はっきり言ってちょうだい」
「何もない。きみを愛しているから」
「また言いのがれするのね。いいわ、そういうことで」
「きみの好きなチョコとってきたよ」
「気が利くわね。疲れたときにはチョコレートがいいのよ」
「板チョコを冷蔵庫に入れとくね」
「今ふたりで食べましょうよ」
「うん、紅茶淹れるから」
「いいわね。(間)そうね、夫のたまのパチンコくらい大目にみないと。でもそこらのへんな女に手を出さないでね」
「昼間からぶらぶらしている女は老若関係なく多い」
「あらそう、で」
「何もない、できないし」
「その点は安心ね。でもね、公子さんはいけないわ、危険人物ね」
「いいひとだと思うけど」
「あなたに手出ししようという気があるみたい」
「それはない。僕はきみに満足してもらいたい一心だから」
真由美は持っているチョコを手から離して、優しくハグしてくれた。
「男の人っていいわね、いろんな気晴らしやお遊びができて。女はつまんない」
「そうかなあ。そんなことないでしょ、公子さんは」
「女医は真面目にいい仕事をしているけど、たんとの気晴らしができない。ナースなんかシフトでうまく休暇を取って、海外で派手に遊んでいるわ。なんかしゃくにさわる」
「そういえば看護師さんからメールで旅行に誘われた事がある」
「えっ何、うちのナースから?そんな話があったなんてわたし聞いてない」
ある朝、由香さんから僕のスマホにメッセージが入っていた。看護師四人でロンドン・パリ旅行するから通訳で同行してほしいと。すぐ妻の顔が浮かんだ。手配するのはもちろん、手荷物まで持たされることになるだろうな。大人しくて人畜無害だからか、まさかEDであることを知っているとか、まさか。語学が好きで英語、フランス語が話せるからか。僕の航空運賃は由香さんのマイレージでまかなうから大丈夫と言っている。ソルボンヌ大学に知人がいる。とりあえずメールで、イギリス南部の保養地を勧める、大陸間鉄道に乗る案も添えて送信した。ああ、あのときのお礼も兼ねてか。食べ物の好みが合うので高級レストランでランチを一緒にした事がある。
「あの大人しそうな由香さんとそんなことがあったの」
「うん、料理も会話も楽しかった」
「それって真由美さん知ってる?」
「どうかなあ、でも今更だし」
妻はまだ市民病院勤めで、実家の病院のスタッフの日常事については詳しくない。
「いや、わからないわよ。それを知ったら今からでも由香さんにいやがらせするかも」
「そんなひとじゃない」
「あら、真剣にかばうのね。でもわからないわよ。女の嫉妬、恨みはすごいんだから」
「せっかくのいい仲をこわさないで」
「せっかくの、とは何。気になるわ」
詮索好きな人が世にいると聞いていたが、こんな身近にいたとは。