省みて、以前ロバートが喜ぶものは何だろうと考えた僕の思考は決してくだらないものではないと思う。一つの懸案事項として、未来のAI主体の社会の一課題となるかも知れない。例えば、人間工学による人の手の形状とか動きを考慮した物のデザインよりも、ロボットがつかみやすい物の形状をAI自らがデザインするようになるだろう。世界AIメカ・デザイン・コンテストなるものが開催されるかも。
ロバートが快適な時とは、自身でアウトプットしたものがヒットする時、存在価値を増して、他の同類に比べて優位に立つと気分がよい。AIはお金を欲しがらない、ご褒美は要らない、真の喜びだけでよい、きわめて優秀である。例え戦争が起こっても生き延びる。電気があればよい、自前のソーラー発電でまかなえる。それでもAI自体に機
器としての寿命があるから、全データを保存して、自己増殖するだろう。
先走りする科学技術のつくる未来に、人々はなすすべもなくただ傍観するのみ。だれが真理に目覚めているというのだ。救世主さえも色あせてみせるほど勢いづいた超AIという怪物に圧倒される。
0と1の間にも無限の数があるように、まったく同じ事象はありえない。個々のものはちがうのに、ただひっくるめてパターン化して考えているだけだ。むむ、そこか、個別の事情や状況を考慮しすぎて無理にパターン化するのを控えていては多くの事象を扱えない。医学で、同じような症状をひっくるめて症候群というように。でも、均等、公平、無遠慮のAIだから人とはちがった視点でものをみて、人が今まで気づかなかったパターンを発見する。
もとになるデータを与えて、得たい結果を指示したら、あとはAIがつくってくれる。アルゴリズムにしてもまず簡単なものをつくって、試して、それを応用していくのはAIが独自に即座に簡単にできる。そして人がつくりだすよりも合理的で、効率的なアルゴリズムを作成するだろう。
創作型AIに、例えば五つのことばを与えて詩をつくれと言えば、それこそいくらでもつくる。
仮に、「浜辺、皿、地図、トラ、橋」という単語を与えて詩をつくらせる。そしてすぐにできあがった詩句を人間がポエジーを考慮して、よりよい組み合わせを考えて改作すればよい。
その一例。
簡素な木の橋の上から青い海を眺める
スープの入った大きな皿のようだ
そして浜辺は
弓なりのきれいなカーブを描いて
左右いっぱいに広がっている
ここに来る前に見た地図ではわからなかった
奥地の黒い土と
熱い陽光で黄色く見える大河の支流が
トラ柄模様を成して
ぼくたちの探検を待っている
AIはすべてのデータを均等、公平、イーブンにみる。ちょっと見、効率はわるいが、光速の処理能力だから時間の無駄はないに等しい。人がこれまで気がついていなかった、注目していなかった素データのなかに重要な意味を見つけてくれる役割が大きい。AIはすべてを分析して解析して解明してみせる、千手観音のように、いや、億手観音といっていい。総合的な、統合された超AIの出現、そして当然のごとくさらに進化する、とめどなく、果てしなく。
学術の領域にしても、学者は細分化された専門分野をやっているだけだ。それだからこそ、社会一般にわたり今後統合された超AIが必要であり、偏見のない公平性を保って活躍するだろう。
結果、人間の思考力低下、知能の退化へ。人の知能も、体力や運動能力が落ちたわれわれの身体と同じ道を徐々にたどるであろう。使わないと退化する。よって単なる生物へと。進化する一方の人工知能と、知能さえも退化するヒトの新しい宿命的な関係。