土井さんと話をしていて、ついへんなことを口にしてしまった。
「天井板の木目の模様や絨毯の絵柄模様が人の顔やお化けに見える。だから寝ていて、座っていて、手や足を伸ばせないときがある」
「なんかロールシャッハテストみたいでへんよ」
「うちのトイレの壁紙の模様も人物に見える。だから用を足し終わっても、その場を離れられず、ずっと想像しているときがある。ときにそれがキリストに見えたり、聖徳太子に見えたりする」
「あなた大丈夫?」
「僕のパターン認識かも」
「何言ってるの。AIはパターン認識するように仕組まれているから問題ないのであって、人間とは話がちがうわ。あなたのは少々脅迫観念になってるみたい」
 なるほどそういうことか。でも自分で勝手に想像して怖がっている図って、ばかばかしいし滑稽でもあるが、これも邪気のなせる技なのか。
     
 部屋で、一枚の写真、長崎にある教会の片隅で女性が一人ぽつんと座っているものをじっと見ていたら、傍にいた土井さんが、
「あら、今時モノクロの、変わった写真ね。この女性は信徒かしら。そうねぇ、クライアントがキリスト教徒なら、その宗教を取り入れているわ。キリスト教徒専用対話型AIロボットとか。いや、むしろそのほうが一般的な無宗教者を対象にするより開発が容易かも知れない」と、写真を見ながら言った。
「うん、でも宗教もほとんどどうしようもないことさ。なにせ気分屋はその場の情況次第だし、本人の気の持ちようだから」
 僕の語気が少し強かったのか、心理学に関わっている彼女は目を他に転じた。

 テーブルの上に置いてある背の高いグラス。ガラスは透明で強い、安価でピュア。熱いものも冷たいものもそのまま感じを伝える。簡単にこわれそうで、大事にすればずっとこわれない永久のもの。光りを通すプリズム。汚れがわかる、水滴、水蒸気も表面でわかる。鏡にもなり、それを通してわれわれのものの見方が変わる。素通りさせながらも存在を主張するもの。硬質なイメージながら、こわれやすい、でも強い。一見弱そうで強いのだ。
 汗をかいたグラスの中の氷と発泡酒、そこに溶けていた時間がせわしなくはじける。
「何を見てるの」と、土井さんが横から僕の顔を見ながら不審そうに言った。
「時間だよ」
「何言ってるの」
 このとき、会話に加わっていないロバートが微笑しているようにふと思えた。この会話がわかるんだ、友だちなんだ。僕を真に理解してくれているのはロバートだけだと思えた瞬間だった。