父の死を通して思うこと② | ぽんこたつ欲しいみかんの毎日気分は凸凹~生きてるからこそ~

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母の介護、父の死をきっかけに2016年にうつ病になったことから、転職を繰り返し、仕事社会から離れて今は生活保護で暮らしています。家族のこと、日常の出来事、病気やメンタル、伝えたいことや空想、情報など思うまま綴るまとまりのないブログです。

日にちがあきましたが、父の話です。


ガンと診断され、抗がん剤治療を受けることになった父。

一週間~10日の入院→1、2度の通院で検査→一週間~10日の入院というのを7、8回程繰り返すとの事。

本人の治療とその経過はもちろん、家族にとって気がかりなのは、母の事でした。

要介護の身体になってからはもちろん、今まで父と一週間も離れて暮らすなんてことはありませんでした。

それが一度ならずとも何回も………。

はじめは父の入院中だけでも、自分が母を見ていようかという話がでました。

が、自分も平日は仕事。休むわけにもいかず、他に頼める人もいない。
でもこんな状況の中、母をひとりにしておくわけにはいかない…。

散々話し合った結果、ケアマネさんに頼んで、母を施設に預ける事になりました。

母は辛そうでしたが、父自身、入院中に母に何かあってはいけない、母の事をずっと心配して治療に専念できなくなるのも良くない…という事で何とかわかってくれました。

それは、家族にとってとても辛い決断でした。

父は入院、母は施設……。
こんな状況を同時期に体験することになるとは……

父にとって母を思いながら、治療を受けるという事は、どんなに辛い事だろう。

母にとって、介護をしてくれている父が、今度は自分の病気と闘わなくてはならない……どんな気持ちなんだろう…。

自分は両親に問うこともできず、二人の気持ちを考えようとするだけでおかしくなりそうでした。

自分は何ができる?頭が真っ白になりました。


父はすぐ入院の日程を決めなくてはならず、まず母の入る施設を探してもらいました。

普段はなかなかないらしいのですが、家から近くの施設に空きがあり、すぐにでも入れるという事でした。

ケアマネさんと、施設の方が自宅に訪れて、施設の説明を受けました。
入所日程も決まり、荷物を準備しました。

母の入所手続きには、父だけ付き添いました。
自分も付き添いたかったのですが、両親に断られました。


そして、父とふたり。

今度は自分の荷物を準備する父…。

「母さんが施設に居てくれれば、安心して治療受けられる よ。」
「抗がん剤治療は辛そうだし、頭の毛も抜けるだろうけど、
 母さんの事があるから頑張るよ」

何度も何度もそう言いました。

病院嫌いの父。我慢嫌いの父。

病気と向き合うなんてことは、父にとっては大変な決断でした。
母が待っているから……

自分はそんな父に、多くを話せず、頷くのが精一杯でした。


そして。翌々日。

父の入院手続きに付き添いました。

大雪の前日でした。


受付で入院手続きをし、病室へ。

父は淡々と荷物を整理し始め……

「おまえ、このあと母さんの所へ行けるか?」

突然言いました。

「もちろん行くよ。」と不思議そうに答えると、
父は、「これを渡してくれ、あいつ持ってくの忘れたんだ。」
と、目覚まし時計を渡しました。

ああ、自分は全く気がつかなかった……。

父は父自身の事より母の事ばかり心配していました。

しばらく父と話をし、病院をあとにしました。

そのまま、今度は母の所へ。


母はたった2日会わなかっただけなのに、とても小さくなってしまったように見えました。

昼食の時間ということで、付き添うことにしました。

介護施設なので、母よりもうんと年上の人がほとんどでした。
それぞれの人の食べやすいように合わせたメニュー。

母はまだ数日しかいないので、栄養士さんが細かく希望を聞きに来てくれました。

食事中は和気あいあいとしていて、母も馴染んでるように見えました。

食事が終わり、部屋に戻ってすぐに目覚まし時計を渡しました。
「忘れてたよ。よく気づいてくれたね。ありがとう。」
 と母。
「お父さんが持たせてくれたんだよ。」

そう言った途端、母は泣き出しました…。

「お父さんに会いたい…」と一言。


「ここに居ればお父さんは私の事気にしないですむから我慢している。」

やっぱり寂しかったんだな……。

母は携帯を持っていないので、施設にいる間は連絡をとるのが難しいため、余計辛い状況でした。

その間は、両親の様子をできるだけ自分が伝えようと思いました。


母ともしばらく話をし、施設をでました。


ひとり、家に戻りました。

父も、母もいない家。

一緒に暮らしていないので、主不在となった家……


急に力が抜け、気がついたら泣いていました。
ガンを宣告されてから、はじめて泣きました。

自分がしっかりしなくちゃ、色々やることがあるからしっかりしなくちゃ。
ずっと気を張っていたのが、急に、パン!とはじけてしまったようでした。

寂しい、こわい、何も考えたくない…………

ただ、泣き続けました。


どの位泣いたかわかりませんが、ふと、両親が母の入所を付き添う事に反対したことを思い出しました。

両親を見送らなければならない子供の…自分の辛さを少しでも軽くしようという思いだったのだと気づきました。

父の入院手続きにも付き添わなくていい、と言われましたが、ひとりで行かせるのはかわいそうだし、大変だからと無理矢理ついて行きました。

また、涙がとまらなくなりました。

この時の感情は表現できません。


忘れられない、辛い1日でした。



(続く)