春山満のメッセージ 壺中有天(こちゅう、てんあり) 第二の天 | 車椅子親父と息子の『生き抜く哲学』

春山満のメッセージ 壺中有天(こちゅう、てんあり) 第二の天

序章~第一の天


第二の天「あたり前の幸せ」
「あたり前の幸せ」

私が今日もこうしていられるのは、みんなに生かされているからだ。人生は決して独りでは生きることができない。大きな連鎖の中で、それぞれに何かの役割を持って生きているのだ。
そういう中での今日一日、そして明日という日を考えながら、今晩も眠れる幸せ。今日の役割を果たして、今日飲むグラス一杯のビールの格別のうまさ。私は、そういうあたり前の幸せのありがたさに、みんながもう一度目覚めてくれることを切に願わずにはいられない。
そこに気付けば、誰もがもっと強くなれると私は確信している。



当たり前の幸せってなんなんでしょうか。。。。
ん~、、、、親父が言うとそれっぽいけど難しい。。。。

皆さんは、生かされていると思ったことってありますか?
僕は、一度だけあるんです。
それは、ヨーロッパを放浪の旅で40日間行っている時に思いました。

まず、一人でバックパッカーをしていれば四六時中一人で考えて、一人で行動しなければいけません。
よーは、誰も助けてくれない。逆を言うと誰に指図されるでもなく自由なんです。

この時に初めて思ったのは、自由なほど難しい事はない。っと感じました。

何がどうあっても全部自分の責任なんです。
ヨーロッパでスリにあった人がいました。勿論、スリをする事は悪い事です。ただ、スリをされる側にも大きな問題があるんです。

特に日本人は危機感が少なすぎる。スリをする人からしてみれば、スリをして下さいと言わんばかりの態度をとっている。

こんな中で一人で過ごしていくのは、本当に孤独でした。

今までに自分の知り合いや家族が全く自分の身の回りからいなくなった事ってありますか?
心細くなって連絡を取りたくても取れない。勿論、知人に会う事なんてできない。

この時に初めて回りの大切さというのを身にしみて感じました。


ちょっと話はずれましたが、当たり前の幸せってどうやったら感じれるんだろうか。
勿論、人それぞれ感じ方は違うと思う。

今が幸せか不幸せかと聞かれたら、幸せだと応える。全然根拠はありませんが。

自分が納得した道を行っていれば、それは誰にとっても幸せなんじゃないかなと思います。

だからこそ、自分には正直になり、誰に何を言われようが自分の道を突き進む!!
これが、僕の幸せになる為の道筋かなっと思います。