春山満のメッセージ 「体の健康と、心の健康の意味」(後編) | 車椅子親父と息子の『生き抜く哲学』

春山満のメッセージ 「体の健康と、心の健康の意味」(後編)

春山満のメッセージ「体の健康と、心の健康の意味」(前編)


「体の健康と、心の健康の意味」(後編)


「怒気(どき)にあたる」という表現がある。
怒りをもって憎しみに満ちた人に接すると、
気が滅入ったり体調までおかしくなることをいう。

一方で「和気藹々(わきあいあい)」という表現がある。
和やかな人と人の人情に包まれた時、
とても穏やかで幸せに満ちてくることをいう。
この「怒気」と「和気」の存在を、
かつてアメリカの科学者は次のような方法で実証した。
憎悪に満ちた殺人犯の呼気を実験機に取り出し、
そして幸せに満ちた穏やかな人の呼気を実験機に取り出し、
同じ実験機で絶対零度近くまで冷却。
するとこの気体は薄い靄(もや)のような状態になった。
ただし「怒気」は薄い灰褐色、「和気」は薄いローズ色。
そしてこの灰褐色の靄状の「怒気」をモルモットにかがせた瞬間に、
モルモットは即死したというのだ。

「怒気」ってあるんだよ。
人を幸せにする「和気」って本当にあるんだよ。
人を羨んで身を嘆いて評論ばかりして、
自分だけが被害者と思って過ごす人生はつまらない。

僕は色々なものを失ったからこそ、こう思う。

ささやかでも爽やかに一生懸命生きるところに、「和気」は生まれる。

(完)



正直、僕は「和気」や「怒気」といのが本当にあるのかわからない。
でも、人間には話しやすい雰囲気と話しにくい雰囲気の人がいる。

話しやすい人は「和気」に包まれているのかもしれない。
見たからに恐い人にわざわざ話したいなんて思いません。

親父はたいがいのセミナーやメッセージを発信する時の最後に、
「僕はたまたま色々なものを失ったからこそ気がついた」
という言葉を残す。

この言葉を聞いて皆さんはどう思うか!?

ほとんどの人が
「春山さんは特別だからな」とか、
「失ったから気がついたんだよな」とか・・・・

確かにそうかもしれない。

でもこの言葉を裏返してみると
「自分達には無縁だよな」という様に
どこか第三者的な見方である。

親父は色々なものを失ったが、
残っている機能を120%活用しているから生き残っている。
これは、親父がしかっり自分がどの武器を持てるかを明快に理解しているからである。

私たちは、五体満足で何でも武器を持てる。
刀から鉄砲、槍や弓。

親父は私たちと同じ様にたくさんの武器を持てるわけではなく
刀しか持てない。

私たちは色んな武器を持てるだけあってどこか安心していないでしょうか。
刀が無くても鉄砲がある、鉄砲が無くても槍がある・・・・という様に。

親父は自分の武器は刀しかない。
だから毎日刀が壊れない様にメンテナンスする。

「僕はたまたま失ったから気がついた」

これは人の感動や凄いと思わせる事はできるが、
人を成長させる事はできない。

言葉の洗脳ってすごいですよね!

改めて、情報を発信の凄さと重要性を感じました。