春山満のメッセージ「生きるって、どういうこと?」前編 | 車椅子親父と息子の『生き抜く哲学』

春山満のメッセージ「生きるって、どういうこと?」前編

生きるって、どういうこと?

人は皆、母親の狭い産道を通って生まれてくる。
そしてオギャーと産声をあげたところから、
やがて迎える死という最大のストレスへ向かって生きていく。
そう考えてみると生きるってこと自体がストレスの固まりのようなものだ。
例えば、走るのが遅い子にとって、
かけっこはヒリヒリするような恐怖とストレスを伴う事柄かもしれない。

でも、逃げなくたっていいんだ。
足の遅い子もいれば手の不器用な子もいる。
だからストレスにタフになって生きて行こう。
そうした生き方の向こうに喜びがみつかる。

僕には大学1年と高校1年の息子がいる。
彼らが生まれたときからキャッチボール一回肩ぐるま一度すらしてやったことがない。
でも僕にできることは精一杯してやろうと毎年、春・夏・冬の家族旅行は欠かさなかった。
運動会や発表会にも必ず参加した。
家族できざみ合った沢山の思い出があると、
いざという時それが絆となって支えあえると思ったからだ。

そんな僕にも大きなストレスがあった。
それは次男が小学校1年生の運動会の前夜。
ふだんは活発な次男がその日は妙に沈んでいる。

(つづく)


これは5年前のメッセージである。

現在、私は社会人3年目、弟の龍二は大学3年目。

親父が立ったり、自分の力で動いたところを見ずに育った私達、

小学生の頃は一緒に公園へ行く事はあってもキャッチボールをしたりする事は出来なかった。

友達の家族とよく比較してしまったのを今でも覚えている。

何も解からない私はキャッチボールを教えてもらうとき、この様な事を言ったらしい。

「何でお父さんは手にとって教えてくれへんの?けんちゃんのおじちゃんは手にとって教えてくれるのに」

親父の車椅子姿は私にとって全く違和感のない普通の存在だった。

だから、何も考えずに普通のお父さんと比較してしまったのだと今になって解かる。

仕事人間である親父は平日は朝早く出て、帰りは夜が遅く、週末も殆ど仕事をしていた。

ただ、私たちの寂しい気持ちを支えてくれたのが、年3回は必ず行く家族旅行だった。

家族旅行を行く事が寂しい気持ちを支えてくれたのではなく、

絶対に約束を守る事が私にとっては嬉しかった。

どんなけ忙しくても仕事を言い訳にはしない!!

仕事が忙しいのは当たり前である!!


仕事が忙しければ「忙しい!!」と文句を言い、

仕事が無くなれば「仕事がない!!」と愚痴をたれる。

世の中こんなものかもしれない・・・・・

だけど、私は言いたい

そんな人生おもしろいですか?もっと人生を輝かせたらどうですか?自分が輝かない限りは子供は輝かない!!