2022年4月11日参拝。
お祭りの記事が続きましたが、また通常の神社紹介の記事に戻ります。
國渭地祇神社(くにいちぎ)
東武越生線・西大家駅より徒歩2分。
東武越生線は、東武東上線の坂戸駅から枝分かれしている線です。
2021年の3月に、毛呂山の「出雲伊波比神社」に行った時に行きそびれ、1年以上経ってしまいました
高麗川の南側に位置する森戸村の鎮守として鎮座し、社前の道路は旧鎌倉街道であると伝わっています。
社号碑には、「延喜式内村社國渭地祇神社」とあります。
鳥居(神明鳥居)。
正面に見えているのは、國渭地祇神社の社殿ではありません。
鳥居をくぐった右手に手水舎
水盤に水はありませんでした
手水を使い左を向くと社殿が見える、
つまり、鳥居をくぐって1度右折した位置にあります。
「國渭地祇神社」は、坂戸市森戸に鎮座するため、別名「森戸神社」とも呼ばれます。
創建年代は不詳。
延暦年間(782~806年)に、坂上田村麻呂が東征の帰途に社殿を造立したとも、
奥州・藤原秀衡が創建したとも伝えられています。
元々は、「国一熊野大権現」と称していました。
「国一」は美称で、国で一番素晴らしい社という意味が込められていて、これが後に「国渭地祇」に転訛したものと思われています。
「くにいち」→「くにいちぎ」という具合にです
拝殿
【御祭神】
八千矛神(やちほこのかみ)
=大己貴命の荒魂
拝殿内部。
神額にも「延喜式内國渭地祇神社」とあります。
当社は、『延喜式神名帳』武蔵国入間郡・五座の一「国渭地祇社」の論社の1つとされてはいますが、
「国渭地祇社」については、所沢市北野に鎮座する「北野天神社」に合祀されているというのが、通説になっています。
※「北野天神社」 については2020年6月に記事にしています。
江戸時代には「熊野社」と称し、慶安2年(1649年)には江戸幕府より社領10石の御朱印状を拝領する、森戸村の鎮守社でした。
明治元年まで、越生の本山派修験山本坊の配下である、三宮山大徳院が別当を務め、神仏分離により、現在の「國謂地祗神社」と改称されました。
ご本殿の覆屋。
ご本殿
【社名の「国渭地祇(くにいちぎ)」について。】
「渭」は水に関係があります。
「国」は「天」に対する「国」。
「国渭」=「国井」で、大昔からその土地にある湧泉を意味するものと思われます。
「地祇」=「国つ神」。
高天原系の神々の勢力が及ぶ以前から、この土地に祀られていた神を意味します。
湧泉を神聖視して祭祀の対象とし、湧き出る水を利用して農耕を営んでいたのでしょう。
「渭」の字のつく神社には、多摩郡の式内社「青渭神社」があります。
唐時代の文学に、「渭水」「渭川」などが出て来ますが、当時唐の文化に心酔していた日本の学者たちが、「井」の字に変えて使用したのではないかと推測されます。
※菱沼勇『武蔵の古社』より抜粋。
そもそも、当社が式内社の「国渭地祇社」ではなく、「国一」→「国渭地祇」に転訛しただけであるなら、湧水とも無関係かも知れません。
それに「地祇」=「国つ神」を祀っているのに、鳥居が神明鳥居でしたよね…
御神木の椎の木
生命力溢れる御神木です
手前の黒いのは倉庫のようですが、
後ろのは注連縄が掛けられているので、
神輿庫だと思われます。
境内社をご紹介します。
秋葉神社。
【御祭神】火之迦具土神
境内社なのに、立派な覆屋に囲われています。
元々は別の場所に祀られていましたが、この地に遷座したとのことです。
八幡神社。
【御祭神】誉田別尊(応神天皇)
こちらも同じく、社殿は立派な覆屋の中です。
『新編武蔵風土記稿』には、
「末社。疱瘡神社、三島社、石尊社、秋葉社。」
とあるので、疱瘡神社か三島社のどちらかでしょうか…
西鳥居もありました。こちらも神明鳥居です。
森戸地区には、坂戸市の無形民俗文化財に指定されている「森戸の獅子舞」があり、「坂戸市文化かるた」にもなっています。
「森戸の獅子舞」は、正式な記録などは残っていませんが、 江戸時代の安永6年(1777年)に始まったと伝わっていて、
「國渭地祇神社」と周辺の神社へ、毎年10月15日に奉納されます。
※画像はネットよりお借りしました。
獅子舞の演者は、雄獅子・雌獅子・中獅子の三頭で、竹で作った「ささら」と呼ばれる楽器を使って踊るので、「ささら舞」とも言われ、昔から地元の人々によって受継がれて来ました。
「ささら」はこれです。楽器としても使うのは知りませんでした
金物屋さんとかで見かけますよね。
通常は無人のため、御朱印はなしです。
お祭りの日や正月三が日だけ御朱印があったりするのかどうか、調べてみましたが情報はありませんでした
式内社の「国渭地祇社」ではなさそうですが、社殿周辺の雰囲気は悪くなかったです。
ただ、水盤に水はなく、社殿や境内社には注連縄は掛かっているものの、榊や御供物もない。
しばらくどなたも来ていない感じが、少し残念でした
お読みいただき、ありがとうございました