さぁて OTOGIなどを書く日がいよいよやって来るのか・・・
Σ(||゚Д゚)ヒィ~!!
先に言う まず覚えてはいない!そして書く気は毛頭なかった!
そしてそして 本当にメモを適当にしかとっていない(特にOTOGIは皆無) つまり素材がない!
それはなぜか アタイは太一のファンだから!
これについてまずはお気持ちを表明したいのと
ついでに幕が開く朱雀に対しての というよりも
太一に対しての想いをプロローグとして~
アタイは太一がまだ たいちぃな頃からのファン
いわゆる思春期と言われるであろうお年頃な少年太一を
初めて観た日を今も鮮明に覚えている
まずは少年どころか子供すぎる映画座頭市をおうちで観て
何この子!から始まった歴史 横にいた母親が
ああ、お祭り太一じゃん!これは大五郎ねと言い始めた
あんた映画に詳しかったっけ?え?大衆演劇の子なの?
おまつり?へ?大五郎?は? ちゃーん!の?くらいの知識さ
祖母の代からの大衆演劇ファン 3代目のアタイは幼少期から大衆演劇には馴染みがござんしたが あの頃(幼稚園~中学生あたり)舞踊は好きだが芝居はわかりません!という認識で これは初出しかもしれないエピソードをなぜか暴露しまーす
多分 今考えたら なんていうのか。。ほら
営業?っていうのかな ガチではなく色恋営業だと信じたい話
アタイにも若い頃ってのがありまして あの頃はモテ期というものもあったりなかったりラジバンダリ そんなうら若きお年頃に 大衆を強制的に観に連れていかれたんですよ
多分お相手の方々(劇団員)も同じか少し上 絶賛彼女欲しいっす!なオスたちでした
クソofクソが付くほどのクソ田舎の温泉込みのセンターで
親孝行を兼ねて 母や叔母 祖父や祖母 従妹だアタイだ妹だ もう誰がどれのどこ!という芋の子状態のお風呂を堪能し湯上りの最高の状態で
湯あたりした体を冷ますべく食事しながらの~大衆を観たんですね いつものように芝居は とんとどうでもいい絶賛反抗期
まだ中学生だったように記憶しますが髪の毛の色は生まれもった色ではありません!の感じで
真っ赤な口紅なんぞひいて ませたガキでございました
そんなアタイはあの頃から殺陣や舞踊 特に女形という
非日常のフェアリー!ファンタジー!みたいなのが大好きでございました そこからビジュアル系に傾倒していくまで
時間なんていりませんでした 皆がジャニーズぅ~とか
言ってるのに横でBUCK-TICK大好きだったりしてた人
そんなアタイは年よりも大人に見られていて
大学生くらいには見えるかも?でしたが 大衆の子ってのも
年齢よりもしっかりしているから大人に見えたりする
そんな彼ら(多分兄弟)が送り出しの時
アタイにご挨拶してくれた けっこうパーソナルスペース無視しての距離感で
ちけぇよ と思いながらも イケメン風(だと思うメイクしてるから事実詳細しりませんけど)だし ドキドキしちゃうじゃん!だって思春期だから!笑
今じゃすっかり太一以外にはドキドキしなくなっちまったけども~
(太一にはするんかい!するよ!するにきまってらぁ!)
少し会話して 来てくれてありがとう!からのまた来てね!が始まり
アタイは親共に連れられて来ただけの身分 次がいつあるか分からない上
月一引っ越すあなた達と会うことはもうないぞ?と思っていたが
そこは一応 あ、はい~ みたいな返事するじゃんか?
すると3人いた若手たちと交互にそういう話が始まって えっとぉ。。。誰と
喋ればいいんだ?からの 一人が一人に立ちはだかり いや俺が!いやいや俺だ!と
言い合いになる アタイのことは完全無視笑
えっとぉ。。。な後ずさり なんだったらフェイドアウトしてしまいたいのアタイに
俺と!いや俺と!いいや俺だ!は?俺だって!!
マジどうでもいい時間だった笑 そしてどっちでもねぇよと思っていました
が、あまりに白熱し始める状況に笑いがこみあげる
そしてそのうち 殴り合いになりそうなほど本気で争いが始まり
えっと。。。これどしたらいいんだ?と思っていたが
お互いに押し合いながら また来てね!!のご挨拶をしてくる彼らに
おまえら仲良くせーよ!としか思わなかったという劇団名も覚えてないな!の
彼らは今もなお続けているだろうか。。。多分兄弟で座長の息子たちという感じでしたけども ほんとアタイの脳みそというものは太一のためにあったんだろうな
その頃から 記憶回路はまったく機能せず 太一のことになると記憶でき・・る・・
と言いかけたが 記憶って難しいよね笑 とまぁそんなこんなで昔から馴染みある大衆の文化をガチで応援しよう!になって親戚中がすっころんじゃうほど
あんた興味なかったじゃん!こっちがどれほど言っても聞きもしなかったじゃん!に
太一太一太一!で今や皆の衆にドン引きされるレベルで大衆をというよりも
太一を応援しちゃっているわけですよ
なのでアタイはずーっとずーっと太一が好きでした
そんな好きでしたを追いかけ続けて幾星霜
ハレの日もアメの日もユキの日もアラシの日も色々ありました
楽しいばかりではなかったし でも楽しいことばかりな日々でした
推し活仲間も増えたりして 皆さまとご挨拶できたりなんかしてさ
こうして書き散らしている文章を読んでいますと言われて
すまん!長くて!だけどありがてぇことですねと思うわけ
まさかこういう活動からの 推し父に暴言吐けるほどの仲になろうとは笑
推し父 仮にも朱雀の創始者に向かって 貴様!と言うのもどうかと思うが
は?貴様とはあなたさまだからな! と言いかえすあんちくしょーもどうなん?笑
友達の友に貴族の貴は友貴だぞ!と返し
意味不明な言い合いに急に名前出されて気の毒な弟と
本当は太一郎って名前になりかけて でも本当は翔って名前にしたかったけど
太一になってさ?の長男エピソードの中で 太一郎とか嫌すぎる!と言うと(全国のたいちろーよすまん!)
そういうけどさ?ぜーったい ( 」゚Д゚)」たいちろう! とかハンチョウしてるよ!
とか言われ まぁ顔がいいからな 名前が好きで惚れたわけではないんだけども?
と言えば ほらぁ!な?とマジでイミフなドヤ顔されて イラつくなぁ・・・という
お時間を過ごしていたりする奇跡 これを奇跡と言わずしてなんとする!なんともしなくていい話でした笑
ほんと恐ろしい時の流れ 送り出しで この人が座長かぁ。。。お父さんなんだぁ
とか思って おそるおそる よろしいか?と握手してもらっていた頃はどこへやら~
いまじゃ ようちゃー--ん! おー!マロウさん!おつかれー!ですぜ?笑
マジで時の流れを感じます
そして その流れの中でタイチサオトメの時代の変化をずっと見続けてきた我は
ファンを辞めたくなるようなこともなかったと言えばうそになるし
かといって辞める気もさらさらないくらいに惚れさせてくれたこと
それを継続させてくれたこと 太一自身も辞めたくて辛かったこと
そしてそれを隠しながらも それでも舞台に立てば精一杯努めてくれたこと
立ち続けてくれ演じ続け舞い続け そのうち越えて使命と感じ始めた頃
そこから為すべきことはなんでしょうを自問自答したんだろうなの頃も
それを糧に次世代すらも気にかけて自分の立ち位置やファンとの距離も
自分自身の幸せも何かを考えて それはもう苦しくて苦しくてという生みの時間も経て
こうして新しい世界を創ってくれて魅せてくれるわけで
それをずっと見続けてきたアタイは 今回の30thという舞台に対して
最初はメモを取ろうと思っていたんだけど途中でメモを取るのを意図的にやめたんだよね
ブログを書く という使命を勝手に掲げ こうしてつらつら書いてきましたが
書くも書かないも自分の自由だろ!と思う反面
やり始めたことを続けていく大切さと 言葉にして届けたい
あれだけすごい世界を魅せてくれる彼らに感謝を届けたいと思うし
なによりもアタイが死したのち遺るものとして置いておく
さすれば鬼だのなんだのと言われがちだけど
ちゃんと人間だし それどころか
実は人よりも繊細で傷つきやすく迷いやすい彼に恩返しの術がこれ以外にみつからないのだから
せめて死したのちの世に このアクの強さを懐かしみそういえばこいつ居たなぁ~と思えばいいさ笑
お暇な時に 自分の過去ってどうだったっけ?とか どう見えてたんだ?とかさ
そういう迷いに 迷うなかれ!まっすぐ進まれよ そしていつかまた
お逢いしとうございます あんた板の上 アタイは客席で!を
遺しておくほうがいいだろう!よくねぇか?いやいいや!いいよ!
で、書いているわけですよ笑
約束をしてくれた 守り抜いて一人頑張って食いしばり不安をはねのけ
社会人になった太一は再び あの約束の5年後 我らも含めまた集うことを叶えてくれた 当然西村家たちや他人だけど朱雀の生き残り祐也も守ってくれた 助っ人も助けてくれた
今もなお助けてくれている 有難いことです 感謝してもしてもしきれません
約束をまもってくれたこと そして今まで色んな場所へ連れていってくれたこと
普通に生きてたら行くことなかっただろうなぁ~の場所も
出会うこともなかったろうの人も景色も
考えることすらしなかったようなこと 文化も歴史も学べた
おかげ様でそりゃあもうたくさんの想い出ができた
その想い出がひとつ、ひとつ 詰め込まれたこの演目
当然太一が舞台で生きてきた中でのことや生い立ちなども含めての構想だろうし
それが正解じゃなかったとしても こちらも勝手にそれらを重ねて観るには
十分すぎるほどには板の上だけではない彼の生きて来た道を少なからず
見守ってきたわけで
それのどれをとりこぼしても今の太一が存在することはなくて
これからの目標もあるからこその「今」というものを
魅せてくれているこの今 メモなんぞとっている場合じゃないし
アタイは心底 この30thという節目の太一が考えた全てを
一身に浴びたかった そして何も考えずすべてを観聴きし
心に流し込みたかった
こういうと語弊があるのかもしれない じゃあ今までは?これからは?違うのですか?と
いいえそうではありません 今までもこれからもいつだって
そうしていたいしそうしてきましたが それ以上に
もういいや、書くことを考えすぎて この稀なる機会を楽しめないのはなんともったいなきことなのか そしてアタイが集中して観たかったというのが
一番の理由で その集中はいつも以上にそうしなきゃいけないなと感じたわけです
その理由は これが太一の命でありすべてだからです
彼自身 出し切った燃え尽きた このあとのことを考えるのが嫌だと言っていたが
その通り 渾身と言う言葉がぴったりで 今もてる力を知識を自分の命すらも
ここに注ぎ込んだんだろうと観ていて思ったから ながらで観ることが
あの日のアタイにはできなかった
これを観てどう思うか これこそが今まで太一を観て来たことに対する
答え合わせな気がしてさ
GWあたりの休めないシフト 行き来することは不可能で
じゃあどこに?で自分ができうる範囲の最大が3日間で4月の29,30,5月の1日
という日程で 前楽と大楽を含む日程でありんした
そのうちOTOGIは当落も含めて一回のみ まぁいいやって思っていた回でしたが
書くためにもう一回観ておきたいなと思って並んだが玉砕
それも含めて渾身の一回こっきりの見物さ
その一回が文ちゃん回で 大当たりだったなと思ったよ
そりゃ大衆の子たちとのコラボも観たかったさ
だけどそこはどうしても観に行けない日程でさ 翔太郎や獅子くんなどと
どういう化学反応になるのか また若手がこの大舞台でいかように
味付けされちゃうのかも素晴らしく楽しいことになったろうなと思う
アタイが観れた文ちゃんは初西村君の舞台です!だったからどうしても観たかったのもあるし まさかそのあと朱雀でゲストさんとしてツアー回るとは思いもしませんでしたがあの日観れてよかったなと思うのと
西村君のメイクによる女形ですぞ?贅沢の極み!
そして最近聞いたね?なんと直々の御指導まであり
ケンタスガが えっ!?ってなってたが
ゲストさんがやりやすい覚えやすいということで選ばれがちのおつまちゃんだけど
所作まで教えてもらってたことに 驚いていたところを見ると
役者魂が嫉妬を覚えたのだろうなと笑 まぁ見た目?で言えば
ケンタスガは女に見えますし?トミー先輩は女だし?笑 他にも元から女形できますの大衆の人とかさ?そりゃ指導なんぞいらんのですよ
数々のゲストさんによるおつまでしたが 見た目にがっちり男性体形ですし
おもしろさがどうなるか予想できない自由さもあるから
そこには女に見えるという技を伝授したかったのだろうね
それを難しい!という話を先日しておられたが 一朝一夕でできるはずはなく
培われた日々の それこそ血の滲む涙が枯れ果てるほどの努力があったから そしてなによりも天賦の才というものもあろう ビジュアルは生まれ持ったものですからね
難しくて当然ですが それについて彼らが
ほんと綺麗だよね~ 難しいよね~という話のときに
努力を積み重ねて培われたものだと言ってくれたのを彼ららしい言葉と表情で語ってくれていて 文ちゃん・・・って泣いてしまいました!笑
いやほんと 僕は友達がいなくて。。と言っていた過去の西村君よ
素晴らしい友人ができているじゃないか!それも積み重ねだよね
そしてその友人が こっそりいないところで褒めてくれる
それもリスペクトをもってして。。。 ああ伝わっているのだな
見た目が綺麗だというのではなく 醸し出される内面からの~と言ってくれていたように記憶するが それを見抜いてくれる友人ができたんだな
なんと嬉しき事でしょうか
そのことを知るのは一年経ったのちということになりましたが
あの日 完璧なる女形をご披露してくれて
きっと稽古もいつもどおり詰め込みだろうし?台詞もだけど
おつまという立ち位置を見事に完璧に演じれるってすごいよねと感心いたした次第
役者さんに対して失礼なんですけど
それくらい完璧で 太一とうたろうと 文おつまちゃんの間には
いろいろあったが愛が芽生えたなと思えた芝居でした
ほんとうに素晴らしかった 肩幅がすごいと言っていた太一だが 太一もまた客にどう映るかを追求してきた生き物ですからね だからこそ女形の肩を落とし身を細め女にみえるS字を描く体のラインというものを伝授したんだろうな・・・
なんかやるじゃん!とまた太一の演出部分を垣間見た気がいたしました
文ちゃんはのらりくらりの印象ですし真面目なのか不真面目なのかつかみどころのない雰囲気は
アンニュイさすら醸し出していますが 芸事に対しては真面目なんだなと
本気で素敵な役者さんだなと感じたわけです
そしてメイクが綺麗だな・・と思っていたがまさか 太一の手によるものとは
そりゃプロ中のプロによるそれだったわ~ という美しさでしたが
彼の言う 内面から醸し出すというものがあるのならば
あなたにもそれがあったのではないでしょうか?ということですね
面白かったしうまかったしほんと観れてよかった・・・
芝居はね あらすじを言ってごらんよと言われたらペラペラしゃべれるんですよ
そしておおまかですが あの日のことはちゃーんと覚えてはいるのです
肝心要の覚えてないよ~は舞踊の方です
まるで走馬灯だと感じたから太一が生きて来たアルバムというよりも
太一が今目の前で生まれて苦しんで悩んで越えて生きて生き抜いている様を
観ているような気持ちでさ 目を逸らせないのに涙が溢れて
あの日のあの時のあの瞬間を同時進行で観ているような感覚で
忙しいくらいの感情の起伏があの時間におこっていました
そして観終えたあとに思ったことは凄まじき人生をこなし越えて
よく生きてくれていたなと思ったことと 未来どころか来世までを
約束してくれているかのような感覚で
ああもう大丈夫だなと思ったのです
何が大丈夫なのかと聞かれたら分からないのですけどね
とにかく大丈夫だなと思えたのです それはアタイにとって
一番の幸せであり観たかった光景なのでね とてもとても嬉しかったことを
覚えています
むかーしに観た女形の舞踊ショーでね 大きな剣を炎の中ぶっ刺して~
みたいな演出があったのを覚えている方はいるだろうか?
純粋無垢な女の子が知ってはいけないものを知り
だけど避けては通れぬ道でさ 女の子が女になりそのうち鬼女になるという
ストーリーだったけれど その鬼女は本当は誰だったのか
自分自身なのか 我らなのか 嫌な客も含めて災難と感じるナニカなのか
答えは分からないけれど 天女のような本当に美しい存在が穢れてゆく様
その後 鬼になる様も含めて哀しい人生を演じたわけでしょうけれど
太一自身にもそういう人生観があったでしょう
呪いでいっぱいな気持ちになることだって時にはあるのが人間です
それを受けて腐るか咲かせるかを選ぶのは自分で 当然環境という土を
選んでそこに根付くことも必須ですが選ぶこともできない人も世の中にはいて
楽天家にいわせたら選ぶことは絶対できるというでしょうし
嫌ならやめることも人生一回切り 自分の自由なんだと言うでしょう
だけど優しい人や真面目な人は 自分が辞めたら 逃げたら
そのあと残された人はどうするのかを真剣に考える
そして自分さえ我慢したら何とかなるのならばを選択しなきゃいけない気がして
なかなか自由を手にするという選択は考えることができないわけです
それを限界ギリギリまで頑張って耐え抜いて
だけど本当に必要なのは耐えることではなく冒険だ!と知り
でもその冒険は半端な覚悟ではできなくて 理解してもらう必要もあってさ
陽之介が解散を了承したのも 苦渋の選択であったろうし
そうするしかなかった理由もあるだろうが そうしない選択の方が
他の人は 楽だったはずだし 安定安心が持てただろう
でもそうしていたら今の未来は絶対なくて遅かれ早かれ
消滅をしていただろうなと思ったりする 歴史にたらればはないけれど
それでも今 あの時にそれを選んだことに 哀しくて苦しくて切なくて
身を切られる思いで彼らを見送ったあの日の自分にも
初めて観たあの日 心の闇を見抜いてしまい
絶対に観て行こう!彼の笑顔を見れる日まで絶対に観なきゃだめだ!となぜか思ってから
今に至るまでそれを想ってきたのですが
今回のOTOGI&INSIDEを観て ああもう大丈夫だ と初めて思えたのです
なんというめでたき日でしょうかという感情です
太一は芸歴30年という歴史の中で 何かをアタイ達に言うでもなく
こうするよ?こうしたよ?もなく 観る人が感じることが正解で
僕の正解が正解なわけでもなく自由に感じてくれたらよくてそれが正解だという話をしていたが その通りだなと思ったわけで考察なんぞしなくていい ここが好き!これがいいは人それぞれ それでいいしそれがいい その中で自分が想った感想を抱いて未来に行けばいい それだけのこと
そう思えたのもこの舞台でした
今までは できれば太一がこう思ってるを当てたいし
それに寄り添いたいし 正解!って思われたいってね
まるでお母さんの褒められたい子供のように思って挑んでいたもんですけど この日 ああ好きに観たらいいんだ
そしてこの好きには すごく好きな人が好きだなと思える瞬間であり その本人も今の時間が好きだと命燃やす時間なわけです 花火に火を点けてよそ見してる場合じゃないし
この好きだなの時間を共有し お互いに好きだったね!を想えばいいし これからの課題にするべく 好きだったわ でももっと好きなのはこういうの!を今までもやってきたけれど これからは好きを魅せてくれてありがとうを想いながら幸せを噛みしめていたらいいだけなんだなと思ったわけです
長かった笑 こう思えるまで長くかかるこじらせのアタイが通るよ!そこどきな!
つまりは アタイが導き出した答えというものは 大丈夫 だったということです
そして感想も含めて 30年 アタイはそのうち20年ほど観て来たわけですが
太一、すごいね!すごいよ!よく頑張ったと思うのは今回だけでなく 生きることについてそう思うし
この「想い」をよくぞ形にすることができたなと
今までも本当はやりたかったことがたくさんあったはず
理想はあれどなかなかできなくて
多分本当はこうしたいがあっても 金銭的や時間 場所や人
すべてに余裕がなくて出来なかっただろうし自分自身の未熟さもあったでしょう
が、これだけ自分の中にある想いを形にしてアートとして描き
詰めこんで他者にもお願いしながら皆で創り上げて完璧なる作品にし
それを我らに魅せてくれたことには ありがとう!とかすごーい!とか
そういうのではなく 大丈夫だなという感想なんですよ
あの日を想い出す アタイが一番最初に太一の芝居を観た瞬間です
うそでしょ?と思うくらい下手くそでさ
これを観に来たのか?と思ったし実際 それを手紙にしたためて
あんた下手くそだぞ?と指摘したことがあるのですけども とんでもねぇ嫌な客だ!笑
とはいえ あの頃 賞賛しか受けず目線を自分たちの方向に向けただけできゃー!と言われ
流し目王子ともてはやされていた彼に 苦言をいうのはなかなかいなかっただろうなと思うし アタイだって嫌われたいわけないじゃないですか?
この世の誰よりも大好きな人ですよ?できたら好かれたいというのが人の心だろ?
だけど あの日観たポンコツ芝居 ダメだこりゃを
舞踊で覆し 送り出しで影を見せ 何かこの子には底知れぬ苦悩がある
だけどそれ以上に未来がある 絶対に素晴らしい未来がある!と思えたから
ファンになりファンクラブが発足しまだ日が浅い頃に入会し 今に至るわけですが
その間にファン辞めようかしら?もなかったといえばうそになるけれど
それでもこうして今もファンなのは すべて芸に現れているからということと 実直までに感情をみせてくれて 嫌だと思っていた頃だって芸に真摯で板の上で生きているからでしょうね 他の誰かを愛せないようにしてしまったこと責任とってもらいますからね?笑
ということで アタイはこれだけの想いを抱え 過去の彼が傷ついて凍えて震えていた頃も心を痛めてしまい心を失いかけていた頃も それを乗り越え始めた頃も見守ってきたのですから こうして強く羽ばたける翼をもってして大空高く飛べるようになった彼を素直にリスペクトしているし これから先も同じ高みを見ていけたらいいなと思うし その景色というものを観るためには こちらだって鍛錬し心鍛えて研ぎ澄まして挑まなきゃ ぼんやりしてたら分かるものも分からないというおいてけぼりをくっちまうぜ!なのさ
黄泉の国なのかどうなのかわからないけれど美しき者が乗った乗り物を一番印象深く覚えているのは そういうことかと思うわけです あのシーンは皆さまがどう思ったかなんて興味ないから知りませんけども アタイは違う意味で胸に響いたのです ああ今太一は旅に出たのだな あの頃なのだなと感じたりなんかしてね せんちめんたるぅ~な状態でしたね
それぞれの舟をそれぞれの手で漕いでゆく そしてまた再び 旅の途中で出会ったのならば 元気ですか?元気ですよと酒でも酌み交わすような心で接したいですねと望みます
さーて いろいろ書きましたけれど 要はおぼえてねぇよメモしてねぇんだからということをまるであたかも すごいだろ!という書き散らしを壮大にしてるていでやっていますが
真面目に書く暇すらないという現状ですが 今まさに命を燃やして挑もうとする彼を迎え撃つ!くらいのテンションでアタイはまた客席に座る あの日もこの日も そしてこれからも そして彼は板の上で命を燃やすその灯りでアタイ達も彼ら自身も そして己自身も照らすのだろうな
あの肩にすべてがかかっているのかと思うと 感謝と心配なんぞでぐちゃぐちゃになるけれど もうどうだっていい
やるんだから それを観て楽しもう!でいいやってね 思えています
先日ね とある瞬間に陽之介に言われたんだよね
マロウさん 舞台を楽しめていますか?と
アタイは当然楽しめてるわ!!と言ったけど
実際どうなんだろう 最近のアタイはどうなんだろうかと
あとからすごー--く考える時間を持ちましてね
まぁ心配しすぎてね 親鳥に雛の世話ちゃんとしろよ!みたいな内容でしたからね 親鳥は雛がちゃーんと育って巣立ったことを知っているし心配ないことを知っているからこそ
そんなに心配しなくてもいいんだよと言うつもりで言ったのだろうし アタイのこの感じこそ心配になり大丈夫なの?と思ったのでしょうけど
まって?アタイ大丈夫じゃないのか?!っていう迷宮に迷い込み まさか?アタイ 楽しめてないのか?いやもっと待って? 楽しめてないように見えてるのか?彼らから・・・とかね 思ったんだけど
舞台を楽しむってなに?という哲学的なところまで行きついてしまい数日それについて考えたけど たしかに。。。楽しめてますか?の問いに 楽しめています!と答えられるのかといえば どうなんだろうか?と思うわけで
実際 アタイがさおとめ始めました!みたいな冷やし中華でも召し上がるくらいの頃は そりゃあもう年に1,2回観れたら大満足でさ 近くに来たら行きたいな また観れたらいいなくらいの楽しみ方でした そしてただただ動く本物を肉眼で観れた満足感でいっぱいでしたからね
きっとご新規さんたちはそういう感情なんだろうなと思うと アタイもそういう頃を経験しているので同じです!なんですが 今ではそう思えないところがあるわけですから 正直 ご新規さんのキラキラっとした目や心を羨ましく思うこともある それだけ素直にまっすぐ楽しめたらどれだけ楽しかろうか、、と
でもここまで来たらそれはもう叶わぬこと
じゃあその頃と今では何が違うのか
知ってしまったんだと思う なにを?って言われたら
難しいんですけどね
それらすべてを抱いて素直にキラキラってできないのは
正直なところやっぱりある たとえば芝居でこのあとこうなるよ!も含めてね そして過去の感情もどうやったってフラッシュバックするから 重ねたりするのは無理もない
じゃあ楽しめてないのか?と言われたら いいえ楽しんでいますなんですが 彼らの アタイが楽しんでいるという定義が何をさすのかが分からなくなり一瞬怖くなったりもした
だけどそれも含めてアタイの心でありその心で観るものは一つしかなくて それには正解はなくて観たものをどう感じたかはアタイの心が決めたらいいってことで舞台を楽しめてるのかと言うと これらに当てはめたら楽しめています!しか答えはないけれど アタイが心配しすぎているところを
陽之介は逆に心配してくれたんですよね
自分達 自分も息子も応援してくれるファンに楽しんで欲しくて懸命にやってるんだから
だけどアタイはどうやったって太一の心配をしてしまう
するなと言われようがそれが邪魔だと重いと言われようが
たとえ彼が板の上から降りて二度とあがらない日が来たとしても ずっとずっと心配してしまう 元気だろうか?寒くないだろうか?痛くないだろうか?苦しくないだろうか?楽しく過ごしているのかな 美味しく食べているだろうか 悩んでいないかな 寂しくないだろうか と
それがどれほど どうでもいいことだと言われようが
彼自身が幸せで元気でいることがアタイの中のすべてだから
それが間違えている こわいよキモイよと思われても 仕方ない そう思うんだからという話
そして板の上で元気な姿を観たり 配信などで元気な声を聴いたりして一瞬でこちらもハッピー全開になるのがファンという生き物でしょう という中でも多分異素材でかつそれが壮大なほどデカすぎるからなんだろうな笑
他の友人知人にもマロウさんには敵わないとかマロウさんはすごいから!と言われて は?なにが?と思っていたが
こういうことを言っているのかと最近分かったような分かりたくないような笑
とはいえ相手さんに心配をかけてたんじゃあいけません
元気でいなきゃいけないし楽しまなきゃいけないわと一瞬思ったんだが そう思うこと自体間違えていてそれこそが義務感のようで楽しめてないんじゃないのか?と導き出したんです
それぞれがそれぞれの応援の仕方があり楽しみ方も千差万別
速報に命懸ける人もいれば 解釈に命懸ける人もいる
そういうのどうでもよくてただ観たいと言う人もいれば
そのあと皆さんでお茶飲むのがめっちゃ楽しいと思う人もいるだろうし ガチ恋してる人もいるだろうし衣装や小物なんぞに あれこれ想いを馳せるひともいれば 他劇団との往復を楽しんだり 演者と懇意にしてて会う喜びも持つ人もいるだろう 本当に色んな人がいる みんな勝手にしたらいい笑
アタイはそういうのぜー---んぶ興味がなくて
当然芝居だ舞踊だと素直に楽しむ気持ちもある
むしろそうしていたい だけど一番は太一が楽しんでいるのか元気なのかを観ていたいのだろうと思う
それを間違えているよと言われようがなんだろうが
そこが一番気になるところなんです
それはなぜなら 最初に送り出しで見た太一の目の奥に
死を感じるくらいに深い闇をみて この子の笑っているところが見たい なんだったら私がその笑顔を引き出したい!と思ったことがファンになったきっかけのようなもので
それを見たくて継続し見続けてきたようなものだから
心配はするし この命いつでもお貸しいたします!と思うのは当然なんでございます
友人とたわいもない戯言を交わした時のこと
映画やドラマなどを観る話で盛り上がったのですが
死んだり殴られたり戦うのを観るのがいやで嫌悪感がある友人 アタイは逆に燃えるんだよなぁの流れが前々前世の話になりましてね (いつもバカですよw)
あんたは家族を殺されて打ちひしがれた女
アタイは戦場で殿を守り切れず無念で死んだ侍
だから人が死ぬのを見るのが嫌な人と殿を守らなければ!が強いアタイなのかもしれないね という話をして
たしかに!と二人で納得しましたが
何に納得したのか分かりかねます!と第三者には言われそうだ 自分達もよくわかってねぇしな笑
でも本当に合点がいくわ!と腑に落ちたのでなまじ嘘でもないかもしれないわな なのでアタイは戦場で生き抜く殿を支えねば!を強く思う侍として生きているので
何も心配はいらないし どうしてもものすごく心配しちゃうので そこんとこは直す気ないし なにか?って話で候
アタイはアタイの独自ルートでいかせていただきますので
御心を健やかに御身はしなやかにたおやかに
どうかどうか元気でいてくださいと願いつつ・・・・
死ぬ気でいけ!!!!!!!!!!!
世の中理不尽なことだらけですよね~笑
ということで感想をちらっと織り交ぜたアタイからのエールでございました 楽しみにして挑みます
ちゃんと感想も書くってば笑
ということで 桜の花も散りごろを迎え
よき頃合い 皆の衆 どうせ咲いて散りゆくならば
豪快にいきましょうぜ!
ではいったんおさらばえ~