木曜日のくしゃみ -4ページ目

もちろんクリスチャンじゃないけど

仏教徒でもない。典型的な日本人雑多宗教家。

 

楽しめるイベントは大好き。

 

おもいっきり…というより、

自分の出来る範囲で、何かこだわりを持って

ちょっとだけアレンジをして、「非日常」を造ってみる!

 

それが私のイベントの楽しみ方。

 

例えば今年は、豪華にドレスアップして素敵なディナー♡

とは出来ないので、

いつものようにタンスの引き出しからパッと選ぶのではなく、

鏡の前であれこれ独り言を言いながら、クリスマスっぽく

少々ドレッシーにテーマを決めて服選びをする。

このまえ1000円以下で買った

ビロード生地のシュシュをコーディネート!

 

凝ったローストビーフやチキンとか、ホールケーキは

ちょっと手間がかかって忙しい今年は無理だから、

前から作りたかった「冷やしプリン」を作ってみる。

これなら前の晩に寝る前ちょちょいとできちゃう。

 

たったこれだけで気分が上がるし、

それを計画している今からワクワク!

 

お金をかけるのもいいし、時間をかけるのも素敵。

でも、一番大切なのは、ワクワクする心と、

クリスマスなどの行事を大切にしている人々への

敬意と思いやりをもった日にすることだと思うんだ。

 

ふと見上げた空の美しさに感動したとき、

 

道ばたの名前も知らないかわいい花を見つけたとき、

 

見ず知らずの人の優しさに触れたとき、

 

美味しいものを食べたとき、

 

無邪気に遊ぶ子どもを眺めているとき、

 

寒い外から温かい我が家に入った瞬間、

 

コンビニでおつりを募金できたとき、

 

いつもの道で、美しい景色に、はっと気づいたとき、

 

安心できる、大好きな人たちに囲まれて笑っているとき。

 

そんな、ありふれた、どこででもみつかる幸せを

たくさん見つけれる人でいたいな。、

 

センスを磨くことは、とても素敵なことだと思う。

格好をつけるというと、マイナスイメージもあるかもしれないが、

私は、何も悪いことでは無いと思う。

お洒落をするのも、いいじゃない!自分をよりよく見せること。

もちろん、中身(心)がグスグスだったり、身の丈に合わなかったり、

時と場をわきまえないのは、もってのほか。それは「自分勝手」。

考えなしにブランドものを身につけるだけなのは「センスがない」。

ブランドにも失礼。

 

何より、センスがいい人を見ると、見ている方も気分が良い。

仲良くなりたいと思うし、仲良くなるきっかけの話のネタにもなる。

それに自分の格好や持ち物、部屋、制作物を見て、

周りの人は知らず知らずに自分のイメージを作っているのだから、

「伝えたい自分」を表現するためにも、センスは大事。

 

素敵なセンスの人とお話をして、その人の中身が素晴らしいと

感じることは、案外多いはず。

だって、見た目を「賢く」磨き上げている人は、

それだけの中身を備えているから。

中身から溢れ出してくるその人の「香り」が、

見た目に言い表せない豊かさ、芳醇さを与える。

だから、チャラチャラと着飾るだけの人とは感じる好感度が違う。

逆に見た目に全く気を遣わない人も、いかがかと思う。

りの人に対しての優しさがないわ。もちろん、優しい人だっているけど、

それを周りの人に対して表現していない。それはそれで、いいけど、

私の好みではない。

 

「センスを磨こう」とする人が、私は大好きだな。

 

 

 

 

 

「踊る阿呆に見る阿呆、同じアホなら踊らにゃ、損、損!!」

本当にその通りです。せっかくなら、主体的に楽しもう!

でも、小さい頃の私はずっと「見る阿呆」でした。

今思うと、本当にもったいない。

 

少々個人的なことですが、当時の私は何故だか自分の好みや

やりたいことを堂々と言うことが出来ませんでした。

そしていつも周りで楽しそうにはしゃいでいる友達を、大人ぶって

眺めている。本当は全然大人じゃなく、羨望のまなざしなんですけどね。

本当にひどいもので、例えばレストランで自分の好きなものを言うのが

何故だか気恥ずかしくて、それほど食べたいわけではないものを

注文していましたし、誕生日プレゼントだって、親に欲しいものを言ってと

言われても、なかなか恥ずかしくて言えない。

そして本当の自分の望みが叶えられず、一人、陰で泣くことも(!)。

完ぺき自業自得ですが(笑)。

 

それでも大学生になって、少しずつ、自分の欲しいものを言ったり、

やりたいことを一生懸命にやることが出来るようになりました。

そして「こういうの、いいんだ。」「こっちのほうが断然楽しい!」

そう思えるように(ようやく)なりました。

 

自分が「踊る」ようになると、どんどん意欲が湧くんですよね。

自由に考えて自由に行動していいんだ、と分かると、

自然と発想も柔軟になり、心も軽やかになります。

まず、明るくなる。それに逆に悲しんでいる人の気持ちにも

寄り添う余裕が出てくるから、不思議です。

 

少し前に、「ことりさんみたいに自由に生きていきたい!」と

言われました。その人は私よりもずいぶん若い方。

私から見たら、その方は信念が強く、悩みながらも自分の正しいと

思う道を貫くことが出来る、強い心の持ち主です。

そんな素敵な方から言われたのですから、とても嬉しかったです。

そして自信にもつながりました。ありがとうございます。

 

今回は個人的なお話を書き連ねましたが、

「踊る阿呆」の私は、自分のためだけでなく、周りの方にも、

少しは明るい気持ちをお裾分け出来ているのではないかと

思います。

人生、一度きり。時間は限られています。踊らにゃ、損ですよ。

 

 

 

 

「おはようございます」

声のトーンを変えてみる。

朝弱いからって、だる~い声でボソボソと言っていませんか?

ちょっと意識して新鮮な空気を吸い込んで、

         「おはようございますっ♬」

って、いつもより高めで晴れやかな声で言ってみよう。

自分の声で周りの空気がパッと明るくなるのが分かるはず

たとえ自分では気づけなくても、周りの人には分かるはず。

『この人が来ると空気が変わる』って。

 

明るいあいさつの直後に大あくびしたって大丈夫。

声のトーンは目に見えないけど、確実に周りの人を

幸せな気分にも、嫌な気分にもすることができる。

 

どうせなら、誰かのラッキーパーソンになりましょう!

周りに、そして自分自身に幸運を呼び込むような予感をさせる、

そんなワクワクするような人になりたいものです。