木曜日のくしゃみ -3ページ目

私は、(まだ)宝くじで高額当選したことないし、

そもそも、たいしたお金持ちでもない。

それでも、コンビニで少額のおつりがあるときは

募金箱に寄付する。

貯まったポイントで、お目当ての欲しいモノがないときは

出来るものは募金する。

また、たった月1,000円だけど、UNICEFに支援してたり。

 

こんな私を見て、「偽善」って思う人もいる。そんな少額じゃ、

たいしたことは出来ない。ただの自己満足だろって。

 

昔は私も今よりずいぶん斜めっていたので、そう思ってた。

 

きっかけは、水野敬也さんの『夢をかなえるゾウ』だったっけ。

ご存知の人も多いだろうけど、ダメダメな主人公の本気の夢を

叶えるため、ガネーシャというインドの神様が

色々な課題を課していく。その中の一つに『募金をする』

というのがあった。何気なく、「簡単にできるな…」と思い、

その後、コンビニに行った際に何気なく「そういえば…」

と思ってやってみた。

 

ほんのちょっとだけど気持ちが明るく、軽やかになった。

そういう意味では「自己満足」かもしれない。

また、私のルールとして、身の丈に合わない寄付はしない。

だって、そっち(無理する)の方が断然「偽善」っぽい(笑)。
 

私は、私の出来る範囲で、ふとした瞬間に、

「遠く離れてはいるけど、泣いている誰か」を想い、

笑顔になれるように協力する。

奇蹟的に同じ時代を生きている誰かに。

 

イスラームでは、五行という信徒の行いの一つに『喜捨』

がある。日本のお布施とは少し違う。自分より困っている人、

貧しい人のために寄付をする。お金持ちは公共のために

何かを造る(昔なら図書館とか、道路とか)。

古代ローマでは貴族が公共事業をするのは当然の務めで

名誉ある行為でもあったらしいね。

そういう気持ち、とっても格好いいと思う。

 

そういえば、ガネーシャって神様、パールヴァティーの

体の垢を丸めて造られたんだよね。

「神様」っていっても、そんなもんさ(概して多神教は)。

人間だったら、尚更、「偽善」と切り捨てられる程度の

ことでもいいんじゃない?それを続けることで、「本物」

となればいい。

目が覚めたとき、暖かい日差しに包まれると、

自分がバニラアイスクリームになっちゃったような感じ。

あまぁい匂いでとけていく心地よさ。

 

一生懸命にまっすぐに取り組んでいる仕事や趣味で、

一緒にやっている仲間が、こちらが負けそうなぐらい

やっぱり一生懸命でやっているとき。

その空間を一緒に共有できる、それが許されるって

きっと信頼感や気持ちのベクトルの波長が合ってるんだ。

あぁ、青春だな。って、何歳であっても思う。

 

遠くにいる大切な人が、

遠くからでも私のことを祈ってくれていたのを知ったとき、

距離や時間が隔たっていても、

やっぱりそこに共通の空間を感じられる。

そしてその空間には温かな温度や肌触りがある。

 

赤ちゃんが、母親の腕の中でうとうとしながら

安心した顔でおっぱいを飲んでいる様子。

見ていると、どこまでも信じているんだなと伝わる。

今のこの子には母親の腕の中が

世界で一番幸せで、安心できる空間なんだ。

たったこれっぽっちの、でも、それさえあればいい。

 

幸せな人を見ているとき、

それもまた、どうしようもなく

しあわせな空間。

 

男の人の涙に弱い。

 

誰だって、大人になったら、

あまり人前で泣きたくないだろうに、

心に素直に泣いている。

また、泣きたくないけど涙が抑えられないくらいに、

一生懸命になることや、感じる心がある。

 

なんて格好いいんだろう。

時間は、さらさらと淀むことなく流れている。

気づかぬうちに、さらさらと進んでいる。

激流に思えることがあっても

止まっていると錯覚するほど穏やかであっても

はたと気づけば、夢であったかと思うほど、

いつものようにさらさらと。

 

流れに逆らうも、流されるも、

時にはよいではないか。

ただ、流れる時を見守っている自分のことは

見失わず、大切にしよう。

 

今年痛感したのは、自分の余裕のなさ。

余裕のなさは他者への不寛容を招くよね。

 

原因は、周りの目を気にしすぎちゃうことや、

自分のイメージがあり、そこから逸脱したくない

という頑固さかな。

 

他者の思いをコントロールしようとしても無駄。

影響を与えることは出来ても、他者の「思い」を決めるのは、

最終的には本人だけ。

イメージに固執しちゃうと、堅物で面白みのない道しか

残らなくなっちゃうよ?

 

分かってはいるんだけどね…。

 

 

…もう少し、自分に優しく生きてみようかな。

それが、来年の抱負と言うことで。

ゆとりある大人な自分を目指して、

朝、10分早く起きよう。

それだけで自分の中で「許せる」ことが増えていくかな。

 

良いお年をお迎えください。そして私にも「良いお年を…」。