「息子に」  征矢(そや)泰子

かくも容赦なくのっぴきならずひとであることの
あけてもくれてもひとでありつづけることの
そのむごたらしさのまんなかをこそ
おまえは生きよまっすぐに

おまえはねがうな野の花のやすらかさを
ひたすらにあるがままに身をゆだねてつつましく
みちたりてもだえないことをうらやむな
おまえはいつもうえつづけほしがりつづけ
みちたりなさのなかでめぐりあいに生きよ

おまえは閉ざすな
窓という窓戸口という戸口を
そこからとびこんでくる一切のものにめぐりあえるように
小さな一匹のコガネムシとさえ
おまえはめぐりあえ こころのありったけで

汚辱や悪意不運や挫折をこわがるな
めぐりあいのなかでおののきながら
こころは深くなり大きくなるのだ

ああ おまえは生きよ
かくも苛烈なひとのよにおまえをうんだ
わたしのうしろめたさをふみしだいて

ひとであることのまがまがしさをつきぬけて
しんそこいのちのいとおしさにたどりつける日まで




〈だからわたしは出来るだけ、生まの現実から逃げていようとした。自分だけの「もう一つの世界」にとじこもろうとして「書く」ことを求めた。人間(社会)なんてもううんざり、花(美)だけがいい、というわけだ。ところが、わたしの心のおくそこでは、実はいつもはげしく人間の営みのただ中にもつれこんでその葛藤を生きることをのぞんでいたのだから、事はややこしくなる。
 ・・・すべての時を通じて、わたしは人と花のあいだをゆれうごきながら、そのどちら側にも落ちつけない自分のもどかしさを詩というかたちでかきつづけてきたような気がする。わたしの詩に共感してくださる人たちもきっと同じ苦しみをもちながら、花と人のはざまで生きておられるにちがいない。完璧な逃げ場なんか、どこにもないのだ。としたら、宙吊りのまま、生きぬくしか、ないではないか。〉