高校のとき、大好きな先生がいた。古典の先生で、当時、定年間際だった。とっても偏屈で、好き嫌いがはっきりし、他の教師にも生徒にも、非常に淡々とした態度だった。なのに・・・なぜか、私は先生になつき、その癖、すごく授業をさぼり、それも、図書室詰めだった、その先生の部屋でさぼるという有様。もちろん、いつもじゃないけれど、出るにしても辞書は重いから持参せず、先生の辞書を借りる。
 昼休憩は先生の部屋で遊ぶ。先生が紅茶をいれてくれる。他の教師が「おまえ、いいなあ~」。

 ところが、卒業と言う段になって、先生いわく、「出席率が悪いから卒業は無理だ」「うそ」「本当だ」「親に申し訳ない」。
 すると、先生・・・「卒業したければ、春休みに毎日補習を受けること」。
 そんなわけで、私は高校三年の春休み・・・なんてないから・・・卒業式を終えた後で、3月一杯、毎日高校に通った。

 紅茶つき。おしゃべりつき。まあ、楽しかった。もちろん、勉強も。徒然草をもう一度。全段。


 卒業しても数年は、ときおり先生を訪ねた。先生は講師になってまだ、母校におられたから。
 それからはハガキや手紙のやりとりをした。
 10年位前のこと、思い立って、先生の自宅を探して会いにいった。

 「先生、先生」と玄関口で呼びかけると・・・むろん、もう退職されていて・・・「だれだ?」と白髪になったものの、昔通り豊かな髪の先生が現れた。
 「お、○○(私の旧姓)か、なにかあったか?」
 「いいえ」
 「突然くるから、なにかあったかと心配するじゃないか」。
 
 いや~、驚きました。すぐに先生が私のことをわかってくれたこともだけれど、心配するじゃないか!とは。



 さて、寒中見舞いに対して、先生から返事が届いた。
 

 「お便りありがとう。ご主人を亡くされて7年とか。私も家内が亡くなって7年です。
  思えば人間の死というこの唯一の現実に比べては人間のあらゆる言葉、あらゆる知恵も
  とるに足らないものだと思い知らされます。
  でも幾世紀の人生を超えて不幸を強く生きた人々のあることを思い強く生きてください。
  私も行動力と思考の範囲が狭くなりましたが、高校での○○(私)さんのことなど懐かしく思い出し、頑張っています。
  生は美徳です。望みを持ち、一日一日を愛と尊敬とで生きてください。」



 こんな便りをもらった私は果報者です。先生、いつまでもありがとう・・・・。