あなたがむかし


わたしをてばなし
べつのひとと つきあいはじめたとき


わたしは
そのころ


ぜったいまけないきもちを
つよくつよく
鍛えられるようなことに
たくさん直面しながら
くらしていました


それはわたしを
たしかに
つよくしてくれて
ただしい方向でなくても
精神的な筋トレみたいな
まいにちだったな


でもね


あなたが
べつのひとと あうじかんにも
わたしは
そこにいました


あなたが
ふとわたしをおもいだしたときに
わたしを連れてきたかったと思った一瞬間に
あなたは
ほんとうにわたしを
連れて行ってくれていたんだ
しらなかったでしょう?


わたしの
あたまのきおくは
おぼえていないのに


わたしの
さいぼうのきおくは
たしかに
あざやかに
おもいだす


かなしまないで
わたしはいるから


めにみえるかたちはちがっていても
そこにいたのはわたしだったから


わたしは


こころの風景に


あかるいひかりのなかに
あなたが笑っているのをみる


そして
そのひかりは
わたしをあたため


いまも あたためている


いまも




 


きのう、
旦那に、
数年来ずっと気になっていたことを、話しました。

ふだん気にしないようにしていたけど、ほんとうはダイモンダイ…みたいなこと。

夫に関わることだけど、夫婦なので、話し合って方針を決めて、協力して状況を変えていきたい。

それだけのことが、
どうしても伝わらない。

旦那のなかに、理解できないものを感じるのは、しかたがない。そこが、彼の本質的なところだからだろう。

だけど、

家族のビジョンを、わたしがみて、わたしが実現し、
夫は経済的支援をする…という役割分担も、いいんだけど、

モンダイがあるとき、
彼は、わたしの家族、というよりも、彼の一族のひとなのだなと実感する。

個 対 個、として向き合いたいし、旦那だって本気出せばいろんなことがやれるチカラがあるのに、
外部の人間(私ね)と対等に協力しようとはしないで、
同族を頼りにする。

でも、同族たちは、おんなじような視点しか持ってなくて、
わたしからみると、信じがたいような、おんなじ躓き方をみんなでやってたりね。

やめなよ!って言い続けても、むなしい。

とどかない。
わたしが、なにを心配しているのかも、想像もしてもらえないと思う。

そういうことが、
本当はずっと、
さびしいんだな。


…結婚してしばらくしたときに、
後悔してない?と知人にわりとしつこく聞かれて、

あのとき、もう、その知人にしばらく泊めて欲しいくらい、
かなり揺らいでいたから、

ぎゃくに、
プライドで続行決断しちゃったと思う。

ほんとうは、
違ったな…と思ってた。

でも、不幸な結婚したひとみたいに見られたくなかった。バカにされるのと同じだった。

だから、

幸せを『証明』しなければと考えたんだな。

あのとき、こども一人でちいさかったし、
ほんとうの気持ちにしたがっていたら、
離婚しないまでも別居してバイトして、

じぶんの人生の舵を握っていただろう。

無理に気持ちを作り上げたりしなくてすんだし、

旦那のほうも、よかったと思う。

やっぱ、
プライド…。

でも、プライドが、わたしなんだよね。

そう、
わたしはバカなんです。いまも、むかしも。

素直に欲しいもの欲しいと言えない。
言わない。

かわりに運命とか信じる。
いつか本当の幸せが訪れると。

むかしとちがうのは、
いまは、わたしは、
欲しいものがわかってるということ。


それは、
まあひみつ☆


じぶんがやるべきことは、
ひろいいみでのヒーリング。


生きることは、
ヒーラーでヒーリーであること。


ときには、
身近なひとが、教訓をまなぶために作り出した状況を体験するのを助けるために、


わたしが手出しを控えなければならないこともあり、


ヒーリングをしている者として、あかるく光の側面だけでなく、
闇という癒しにも、


目を開くときなのかもしれません…。






いや~…。


むちゃくちゃだよね。


でもさ、


こんなかんじのひと、


わたしだけじゃないからさ。


こまかいとこは違うかもしれないけど、


わたしに似ている人たちに、


『それでも、しあわせを望んでいい』


と、伝えたかったのです。