きのう髪を洗っていて、


ふと、母のことを思い出しました。


すると、


『しあわせになりなさい』


という声が、聞こえたのです。


それが母の声かどうか、わからないのだけど、


わたしは、
母から、しあわせになってもいいと言われたのだと受け取りました。


…結婚して10年あまり、

母は、わたしに、
もとの家族の記憶を思い出させ続け、


過去をわすれて今の家族としあわせを築くのをゆるさなかった。


母がいなければ、
わたしはきちんと昔を忘れて、
周囲に合わせていけたかもしれない。


子供時代を、
すべて忘れて封じ込めて、
いいお母さんの役割に埋没し、
それなりに幸福でいられただろうと、思います。


だけど、
そういう普通のしあわせを、ゆるさないかのように、


母は、繰り返し繰り返し、

わたしがどのように見られていたか、
わたしがどのように扱われていたか、
わたしはどのような期待をされているか、

わたしに、思い起こさせ、


それは、
陰惨といっていい記憶を、
さいげんなくつつかれ続けるような苦痛となって、


わたしを苛んだのです。


母は、わたしをさいなむために存在していたのか。


わたしはそうだと思いました。


しかし、今日、すこしちがった感じ方をしています。


もし、この結婚が真実の愛に基づいているのなら、


わたしは、なにも、まもらなくても良かったはずなのでした。


わたしは、なにを守ってきたか?


それは、
『しあわせである』という、イメージだったのかもしれません。









あなたは
もっと
はっきりと
執着されたかったのだろうか


ふと感じた


たしかに
あなたひとりを
どうしても
はなしたくない


そんなふうに
言ってくれるひとを
望んでいたのだろうか


わたしも
ほんとうは
はっきりと
ききたかった


取り消しようのない言葉
まちがいなくわたしを望んでいると


はっきりと
かくれようのない
契約の文言のように
いっしょうのあいだ信じられる言葉が


どうしても
ほしいときも
あったよ


たしかな約束で
おたがいを縛り合う
そんな責任を
負える自信のないころには


おもいつきも
しなかったけれど


ほんとうはね


いつだって


言葉は契約なのだから


かんたんに口にしてはいけないものだし


そして


言うべきときには言わなければならない



そうして
運命を承認して


そのつど
ゲートをくぐりぬけてゆくのだろう



契約の文言はただひとつ


『自分の相手は誰か』を
明言すること



わたしにはそれができるだろうか


そして あなたは
いまごろ
なにをしているのだろう



 


たいせつに
想われた
こと


それから
きょぜつした
こと


うけいれてもらえなかった
ときのこと





おもいだす




ちいさな おわり を


わたしたちの れきしには


たくさん
きざんできた


そうして
ここまできて
なお
おわらないきずなを
かんじ


かこのきおくは


あのときもあのときも


てをつなぐべきだったのに



いまも
わたしをさいなむ




あのひに
てをつないでいたなら


そのあとの
悲惨さのいくつかは


けいけんせずにも
すんだようにかんじるからだ




たすけてほしいとき


そんなときは
なんどもあるものじゃない


プライドと手をつないで生きてきたわたしたちが
べつのものと手をつなぎたいときなど




だから
その【とき】に


つながれなかったじぶんを


いまも


失敗者のように


おもうのだ