『…きょうは、


あたしが、神殿娼婦ってヤツだったころのはなしをするね。


ギリシャにパルテノンってあるでしょ、

まああれに似た神殿が、むかしあったんだわ。いまはないけどね。


あそこには、
ちかくからも遠くからも、かみさまに会いたい人たちが、


神託を聞きに来るの。
だれにって、あたしたちに。


神殿の中にいる、神官さまたちに、神託をいただけるのは、よほど身分のあるひとか、お金持ちで、


そのつぎくらいに裕福な人は、神殿のなかの広間にいる、きれいな女性神官と話せたりもする。


で、三番目くらいのリッチマンが、あたしのお相手ってことになるのね。


あたしは、
神殿までの広~い階段の、
けっこう上の方、
神殿のいりぐちちかくに、場所をとってた。


いちおう、あたしたちにもランクがあってぇ~、
まあ、わたしはそのあたりだったわけよ。


でも、
下の方におりてくのは自由だから、
たまには、いちばん下の方まで行ってみたりもした。そういう気分の時はね。


それで、
おかねなんてほとんど持ってないおっちゃんとも、話をしたし、


それがいま必要だなと感じたら、エッチもした。もちろんタダで。


こういう仕事を、
イヤイヤしてるひとも、階段広場にはいたけれど、
あたしは、
キライではなかったんだよね。


しけたおっちゃんがさあ、
あたしと話して、元気を出してくれたり、


もうそろそろ死にそうなじいちゃんが、
だれもハグさえしてくれないなんてとき、
あたしが抱いてあげたらやっぱりよろこんでたもん。


まあ、
イヤなやつには当たらないように、上の場所をゲットはしたけどね。


そんなかんじで、

あたしはわりと、まいにち楽しく暮らしていたのです。


さて。
そんなあるひのことでした。
(つづく)



 


こんばんは、
12月の なんちゃってチャネリング♪


今月は、
拡大、膨張…のイメージがでました。
ゴム風船がせまりくる~みたいな。


なかなか、動的な感じもします。
こういうときは、
テレビを消して、
ネットを離れ、


じぶんはなにを望むのか?


ということを、
自己の静けさのなかにはいりこんでいき、
みつけてくるのに最適です。


師匠も走る多忙な時期だとは思いますが、


外的な情報に基づく想像に、対処するためのことだけでなく、


『もしも全てが叶うなら』、


なにをしたいのか。


そのことが、
とても、だいじです。


いつも大事なんですけどね(*^o^*)


ではまた、
ハバナイスマンス♪




 




僕にかかわるひとを


しあわせにすること


それが
僕のやくわりです


けれど
しあわせは


ほんにんの選択によって
はじめて
実現可能なものなのです


どれほど
そそいでも


うけとれないうつわには


それいじょうは
注ぐ必要がない
という おしえもあるけれど


それは
うつわを
よく見ていないことを
いましめていたのだと思います


いまは知っているように
僕には


うまれつきの
あふれて尽きない源泉からの
愛する流れが流れていたので


その流れを
流れさせる場所が
どうしてもひつようで


あいさなければ
生きられませんでした


だから誰でも
僕の泉から
すきなだけ飲むことができたのだけれど


いずみを囲い
私有化しようとするひとには
閉口したものでした


そんな囲いが
はずされて


ぼくはまた じゆうになりました


ぼくのやくわりは
あいかわらず
ひとをしあわせにすることで


飲みたい人は
いくらでも飲むことができます


ただね


ぼくを所有することはできないし


囲いは だれのためにもならないんだ


ただ
あふれさせていて


ぼくを あるがままに しておいてね


それは


せかいぜんたいのためであり


ぼくは
せかいぜんたいのために
泉であるのだから



 

…そんな泉のある森で…