わたしのばあいは恵まれていて、


自分のやる気に、こたえてくれるなにかが、あることがわかっている状況。


それは、


いろんな道があるけれど、


成功の道が、あることがわかっていること。


それは、だれでもそうなんだけどね、きっとね。


そのメインルートをあるくのはかんたん。


すごく楽しい。


そこを あるく幸せが、
あたりまえだと思い、感謝の気持ちもあって、


なにか問題があったかというと、
『いままでの環境が、わたしを気分良くてばなしてくれるか?』という考えでした。


いままでの自分から、


これからの自分にチェンジする、


そのチェンジそのものは、すごくかんたん。


いままでの自分のありかたに、かかわっていた周囲のひとの期待感情とか、
周囲のひとはきっとわたしをこう思ってるんだという思いこみとか、


そういう、
シガラミをきりはなすこと。


それには、

シガラミなんて幻想だぜ!とわかることが、わたしの場合にはプロセスで、


いろんな存在にたすけられながら、ときには鍛えられながら、


『シガラミを断ち切るのはタイヘンだけど、
シガラミなんて存在しないと気づくのはわりと簡単』


というところにまで来ました。


もともと、かなりおめでたいあたまの持ち主だったことが幸いしたようです(*^o^*)


だって、
わたしが歌って弾いてお客さん読んで…って、


考えてみれば、
大飛躍でしょ!!!


でも、
まあ、はじめてみれば、


作業自体は、地道なつみかさねだし、
なにかと物知りな先輩とも必然的に出会うし、
おんがくの世界のひとはたいてい、おんがくをやりたいにんげんに、しんせつ。


それは、
おんがく が しあわせ だからだと おもう。



せかいぜんたいが こうふく(おんがく)であるとき、


個人は、幸福でしかいられない。


おんがくって いいね。



 



星の王子様にでてくる、バラの花。


こどものときに初めて読んだときは、きらいなキャラでした。


なんで こんな?
女の子は スナオで可愛くしてなくちゃ。


そこへいって引き抜いてやりたいくらいでした。


いまよむと、
かわいいんですよね、バラ。

この、
じぶんの変化はなんなのかな…。


バラって、
チューリップみたいな咲きかたじゃなくて、


けっこう木の部分があって、枝ののびた先端に、ポッと咲いていて、


植物として全体的にみると、花より木の幹がメイン。(品種にもよりますが。)


にんげんとしては、
花の部分だけ大写しにしたりして、強調して、まるでそこだけがバラというものみたいに扱ったりもするけれど、


バラの木を見かけると、


花って奇跡だなあと思う。


たいていビジュアルを買われるのは、ひらききらない花だけれど、


ひらききった あられもないすがたのバラの花が、


わたしはけっこう、すき。




 


知り合いのうたをきいてます。
まあ、聴いてるだけだと、かんたんそ~にきこえるんですよ。

じぶんでうたってみると、
いがいにふくざつなリズムだったり音だったりで、…

ごめん、知り合い。伊達に長年やってないよね。
いまさらだけどリスペクト。

まあ、
あたしが本気だせばすぐおいつくと思うけど!(←言わなきゃいいのに、こういうこと…。)

あまり歌詞に思い入れがないほうが、
たんなるコトバとして押しつけがましくなく歌えそうだなとも思いました。

おんがくって 深いですね。

さて、
曲をつくるにあたり、
あいぽん もしくは アシッドなんとか のあいだで迷ってます。初期投資。

ギターの練習も場所時間を選ばずにやりたいため、
なるべく安いエレキギターと付属品を入手予定。エレキだと、ヘッドホンで練習できる…よね?

楽器は好きなので、
いずれはいろいろとやってみたいです。

とりあえずギターできると、でかけていって歌えるから、なんとなくそれらしい感じに。(たぶん)

今年中に音源いっこは出したい。(言う言う。)

わたしにとって、
ひとまえでうたうとか、ひとに聴いてもらうというのは、

自尊心のテーマにかかわっていて、

これまでの自分にはありえないというか、許されないことみたいに考えてきたことだったんですよ。

それを、できるようになりたい。

だから、
聴いてくれるひとがいたとしたら、そのひとは、わたしの人生の癒しに、
協力しに来てくれたんだなあと思う。

せめてすこしくらい なにか こころに残ってもらえるパフォーマンスをしたい。できるようになりたい。

なんの自信もないところから始めたひとたちが、
ひとのまえに全身さらして立って歌うまでに、

どんなことがあったのかなんて、
いままで考えもしないで、いろんなひとのパフォーマンスを観てきました。アレコレ勝手なことも、ほざきました。

…だから、わたしがこれからやっていくことは、ある種の返礼でもあるかもしれません。

わたしは、じぶんなりに、
そのパフォーマーがよりよくなるように、という意図で、いろいろなことを言ったことがありました。

それは、もっと言い方をくふうしたらよかったなとか、そのひとがやってきた見えない部分の努力をもっと知るべきだったなとか、いまになって思っています。

だから私を応援してください。いつかあなたが、応援されるように。