母の勧めもあり、
私立中高一貫校に入学しました。

 

親元を離れ、母の兄である家に
下宿を余儀なくされました。

 

 

そこでの生活の約4年間は
 

私にとって辛く寂しい悲しい日々を
過ごすこととなります。

 

 

叔父の家には子供が3人いて
運送業を営んでいました。

 

私は随分と意地悪をされる体験をします。

 

私の持ち物がなくなったり(定期券通学の靴)
 

叔父からは
「お前は家に帰りたいから
自分で隠しているんだろう」と言われ
 

 

私は誰がやっているかを知っていましたが
決定的な確信はなく

 

母に言ったところで受け止めてもらえず
私の真実がここにあると思いながらも
じっと耐え忍んでいました。

 

 

私はただただ母に迷惑が及ぶのが嫌で、

高校出るまではと思いながら

高一の3学期の終わりにダメ元で母に相談したのです。

 

 

家に戻してもらえないだろうかと
「朝は自分で起きるし、朝ごはんもいらない
自分でお弁当も作る。迷惑をかけない!」と懇願しました。

 

そしたら

母は聞き届けてくれて、

私はすぐ荷物をまとめて

友人に手伝ってもらいながら

紙袋4つ位の荷物で

叔父の家を後にしたのです。

 

 

 

 

 

家に戻ってから

たがが外れると言う言葉があるように

学校生活エンジョイが始まりました。

 

クラブに行っている子と仲良くなり

夜な夜な遊び歩いていて、

 

深夜0時まで帰ってくればお咎めなしと言う悪いな考え

 

 

親の目には悪く見えなかったと思います。

 

 

試験本番にはなかなか強くて

一夜づけもオーケーな学校生活でした。

 

 

父兄参観日には、

お宅のお嬢さんは授業中よく寝ています。

と言われてたみたいで

 

 

母は勝手に

私は夜に勉強しているんだと思っていたそうです。

 

 

それから高三の春ぐらいに

母が急に若い男の人を連れてきて

「私この人と一緒に暮らすから」と言って

私はびっくりしました。

 

 

私はその頃から、

母に対してすごい嫌悪感を覚え

反感を抱くようになりました。

 

ずっと口をきかなくなり

何よりも母を大事に思っていた気持ちが

裏切られたと言う思いになって

辛く悲しく

母を不潔にすら感じて

許せない感情がむくむくと湧き上がってきました、

 

 

早くこんな家

出てってしまえ!

 

心底から心が叫んでいました。

 

家から小銭を持ち出し

 

売り上げを少し拝借

 

遊び呆けていて

しかしながら将来を見据えて

大学は行こうと受験することに。

 

少しは勉強はしましたが、

普段勉強しないのが

試験は大好きなので、

 

目標があって結果が出る!

 

 

受かるわけがないだろうと

思っていたところ

なんと無事合格したのです。

 

 

 

この頃、

 

我が家の店に通っていた青年が、

やがて私の主人になる人でした。

 

男女共学に憧れて、必死の受験勉強!

 

でもなんと彼は日大の高校生だったんです。

 

高校生のくせにバーに飲みに来るなんて

母は日大の大学生と思ってた。

 

私もずっと先輩だと思っていましたが

後に同年代だということがわかり

 

時折オートバイでツーリングで
海へ行ったり踊りに行ったりと
 

甘酸っぱい思い出ばかり!

 

 

大学へ行ってしばらくしてから

学園紛争になり、大学にも行けず

 

それからはアルバイト三昧。

 

 

百貨店でバイトをして

将来は、
洋服メーカーに就職したいと考えていました。

 

 

夜も母のお店をお手伝いしながら

結構裕福な学生でした。

 

なんと大学へは戻らず、

働く方に興味を持ってしまいます。