小学校に入ってすぐに
両親は離婚することになり
「お前はどっちに行くんだ」と言われました。
迷いはあれど、母についていく選択をするのです。
私は父のことが大好きで、
できれば一緒にずっと住んでいたかったので
涙をこらえるのに必死でした。
1つだけ母に約束をしてもらいました。
新しいお父さんは要らないと!
決して、決して!・・・と
こうして小学校から
母子家庭になり、
母に言われたことが
「お父さんは死んだと言いなさい」と
私は良い悪いは別として、
母には訳を聞かずに了承していました。
母は朝夜夜中と働いて(寝る暇なく)
私が小三の頃には一軒家を買うことができました。
そして居酒屋(焼きとり屋)始めます。
昭和34年頃です。
学校が変わるのが嫌で、
遠くになりましたが、通い続けました。
学校から帰ると、
お客さんがいっぱい入ってて
かなりの繁盛店でした。
1年後には、二階も宴会もできるようにし
連日大盛況でした。
私は母のことが大好きで、
いつもいつも働いていた母なので、
大きくなったらお母さんに何をしてあげよう!
お金をいっぱいあげようとか。
そんなことをよく考えていている
健康で元気な女の子でした。
世の中、高度成長期
我が家にもテレビがきました!
小学生でしたが夜遅くまでテレビを見ていました。
特に、大人が見るテレビが好きで、
外国のテレビドラマも好きでした。
隣が映画館だったので
顔パスで入っていて
母がおにぎりやジュースを
映画館に持ってきてくれました。
夏休みは、大いにプールにいったり
映画を見たり、
洋画も見たことがあって
日本映画と違い、迫力があるなぁと思い
洋画がとても好きになっていきます。
小六の時、学校の放課後に
父が私に会いに来てくれました。
5年ぶりの再会。
父はもっとおしゃれになっていました。
一言「元気か」と言って
私はいっぱい涙を溜めて
「うん」と言うのが精一杯。
とっても嬉しかった。
これが父との最後の別れになるのです。
