NHKの朝ドラ「純と愛」が完結しました。
このドラマは、最初から賛否両論がすごく、
自分の周りでも否定派がほとんどでした。
しかし、自分は最初から絶賛派を続けており、
完結した今も、その気持ちは変わりません。
確かに、今までの朝ドラの展開とは大幅に異なっており、
和気あいあいに家族団らんを求める、
これまでの朝ドラのイメージを期待している人たちには、
受け入れられないものでしょう。
しかし、脚本の遊川和彦が狙っているのは、
普通の人たちが持っている影の部分、悪の部分を題材に、
これまた普通の人たちが、不器用に衝突しながら、
日々を過ごす生きざまを飾りなく表現したかったのだろう。
そして、身の回りに起こる、ありとあらゆる不都合な出来事を、
主人公を中心に、まさに不器用にひたすら解決しようとしている。
これまでのハッピー朝ドラとは、まったく異質だが、
遊川和彦の脚本の面白さは格別だ。
また最後の、愛の脳腫瘍の看病の場面については、
自分の知人の死とダブるので書き込みます。
その人は、この3月27日に69歳で亡くなりました。
4年前に脳梗塞で床に伏し、初期は軽かったものの、
徐々に悪化し、面会に行っても泣いてしまって対応せず、
さらには意識も無くなり、先日の告別式となりました。
ここで特筆したいのは、奥さんの看病の姿です。
実は、この人の戸籍上の奥さんは、10年ほど前に病死しています。
そして、その頃家族ぐるみで親しかった、
一回り以上も年上の今の奥さん(今年83歳)が、5年ほど前から同居に至っていました。
同居して1年ほどで脳梗塞で倒れたのですが、
それからの看病が半端ではありません。
最初入院した病院が遠く3kmほどあったのですが、
80歳を過ぎているのに、毎日のように自転車で見舞いに通い、
重くなって転院した病院へも、
意識も無いのにこれまた毎日のように通い続けたのでした。
また、納棺・火葬の時の、奥さんの惜別の叫びには迫るものがありました。
そしてこの二人は、それぞれの持ち財産の関係上、
あえて戸籍上はまったく別人のまま、気持ちだけでつながっていたのです。
喪主として葬儀を進め、親族の理解も得られています。
自分がこうして書くのも、この先輩の人柄が素晴らしかったからです。
健康な頃から、親分肌と
子どもがそのまま大きくなったようなやんちゃ性を、両方備えており、
もし自分がこうなった時、これだけ親身に看病してもらえるだけのものなのか、
考えさせられました。
愛の脳腫瘍の看病の話に戻りますが、
この先輩のように、純に見守られていくことを期待してドラマは終了しました。
これはまったくの推測ですが、
続編の要望を意識したエンディングだったように思えます。
以上、最近の徒然でした。
