今日は、七ヶ浜への19回目の移動日。

朝から、かすかに雪が舞っていたので、早めに11時過ぎに家を出た。

途中、東北道では場所によって、晴れたり雪だったりしたが、

渋滞は全くなく、順調に夕方6時前にボラセンに着いた。

現地は快晴、強風で一部壊れたテントを修復したのち、

待ってくれていた完司さんと夕食。


本来は、昨日移動する予定だったが、

これから書く、防災講演会を聞いたので一日延した。


1月31日の講演会の講師は、NPO“未来会”代表の山下博史さん。

対象者は、地元甲斐市の自治会長クラスで、受講人数は約100名。

テーマは、災害時に向けて自治会は、どんな準備をしておくべきか?


午後3時から、たっぷり2時間の講演だった。

数々の実践の中からの、生々しい迫力に満ちた内容だった。

最初の1時間は、災害時の基本的な留意事項で、盛りだくさん。

後半は、実際にどんな準備ができているかの質問形式。

他人事にさせない講演テクニックだ。


たとえば、今すぐにでも来ると言われている東海地震での、

甲斐市での被害予測が、数名の死者が出る規模の被災を前提に、


①自宅の耐震構造に合わせて、家具固定その他の対応がしてあるか?


②その時に、家族や自治会役員間の連絡手段が決めてあるか?

(当然、電話は使えない)


③自宅が被災した時に、自治会活動をどうするか決めてあるか?


などなど、鋭い問いかけが続く。


その時になればなんとかなるという考えは、現実には成り立たないとの事。

事前の準備の有無が、現場での対応の差になるとの事。


実践に基づく迫力、緊迫感はさすがだ。

やらなければならないことが、山ほどある事を突き付けられた。



1月28日の朝日新聞の天声人語をそのまま転載します。



東日本大震災のあと、数多くの言葉が紡がれてきた。

印象深かったひとつが、詩人高良留美子さんの一作だ。

「その声はいまも」の冒頭を引く。


< あの女は ひとり

わたしに立ち向かってきた

南三陸町役場の防災マイクから

その声はいまも響いている

わたしはあの人を町ごと呑みこんでしまったが

その声を消すことはできない >


津波を擬人化した「わたし」。

「あの女(ひと)」とは、

最後まで避難を呼びかけた宮城県南三陸町の職員、

遠藤未希さんのことだ。


その遠藤さんが、埼玉県の道徳の副読本に載るそうだ。

県が独自に作り、この4月から公立の小中高校で使われる。

その教材に「天使の声」と題して収録されるという。


あの日、被災地では、それぞれの使命を果たそうとした人たちが尊い命を落とした。

警察官や消防署員、消防団員もいた。

遠藤さんのいた防災対策庁舎では41人の町職員らが亡くなった。

個々の気高さを示しつつ、やはり痛恨のできごとには違いない。


道徳にせよ報道にせよ、美談にとどまるなら死者は浮かばれまい。

高良さんの詩は、ひとりの女性への静かな敬意に満ち、

人間が自然への畏怖を忘れてきたことへの悔悟が流れている。

美談を超えていく言葉の勁さがある。


こう結ばれる


< わたしはあの女の声を聞いている

その声のなかから

いのちが甦るのを感じている

わたしはあの女の身体を呑みこんでしまったが

いまもその声は わたしの底に響いている >


鎮魂と新生の声が聞こえる。






昨日、“つなぐNPO”企画の、“ちいさな旅”に参加しました。

http://www2a.biglobe.ne.jp/~yamaiku/


この“ちいさな旅”は、“つなぐNPO”が、山梨県内の各地の歴史と文化を、

2時間程度の徒歩で歩ける範囲ごとにまとめて、

数か月ごとに見学して歩く企画です。

既に県内数十か所を済ませております。


自分もこれまでに数回参加しており、

今回は、甲斐市の、宇津谷・金剛地コースです。

参加費500円で、今回は100名以上が参加です。


朝9時半から、集合場所の妙善寺から始まりました。

ここには、武田勝頼(信玄の子)のために最後まで戦って、

天目山で討ち死にした、安部加賀守の墓があります。


しばらく歩くと、金山神社です。

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ここは江戸時代は鍛冶職人の地域で、ご神体はフイゴです。

そして、ご神体のフイゴとともにまつられているのが、

子孫繁栄の願をこめた、男女の性器に似た自然石です。

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鍛冶作業のピストン運動や、相方との呼息のあった槌のやりとりなどから、

夫婦和合の性神として崇められるようになってきました。


そして年1回、1月28日の祭礼には氏子が集まって、米の粉を練って、

男女の性器を作り、神前に奉納し、それを食べることによって、

一族が繁栄するという、子孫繁栄の神事です。

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最後に、アズキの餡を全体にまぶして、神前に供えます。
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食べ方は、事前に予約した人が、男は女を、女は男を、

一人1個を食べるそうです。

これで子孫繁栄を願うのだそうです。


その後、この地域では由緒のある金剛寺に向かいました。
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さらに、二十三夜塔の見学です。
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普段休むことが出来にくい、女の人が集まって、

疲れをいやすために飲食を共にした行事だそうです。


最後に、出発地の妙善寺に戻り、12時過ぎに解散しました。

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妻と一緒の、“ちいさな旅”でした。

ちなみに、このブログで自分自身の写真を載せるのは、今回が初めてです。