動機の2番目は、自分を取り巻く地域行政の震災支援へのフラストレーション。

 震災当初の支援物資の募集では、箱単位でしか受け取らない。

 現地ボランティアには地元社会福祉協議会としては対応しない。

 区長会での内々のお達しによると、義援金も含め区単位では活動してほしくない。

 6月から7月にかけて3回行った市職員関係者での現地ボランティア実績を広報しないのかと問合せると、一般に知られて話が大きくなるのが困るとのこと。

などなど、気になる事例がいくつもある。


活性化している自治体・社協との違いを知りたい。

これが2番目の動機です。


現地でわかったことは、

普段から外部のNPOや市民団体とどれだけ連携が取れ、

いざとなった時にコラボできる準備が整っているかに集約されそうだ。


県内の社協を見ても言える。

山梨県内の代表的な災害支援NPOは“未来会”だが、

ここと普段から連携をとっているところは、

いち早く活動体制に入って各種の実績を残している。


被災地のボランティアセンター間でも同じだ。

七ヶ浜では、“レスキュー・ストック・ヤード(RSY)” というNPOと、

以前から交流してきたおかげで、

震災後いち早く“RSY”が支援体制に入ってくれて、今に至っている。

ただ、ここで注意すべきは、NPOがあまり前面に出ないことのようだ。

あくまでも、ボラセン(社協)主体での運営が重要だ。

この点でも、七ヶ浜はうまくいっているが、この辺のノウハウは、

全国のNPOどうしが、横のコミュニケーションをとって蓄積しているようだ。


そして、ボランティア仲間同士の情報だと、

ボラセンによっては、ボランティアの受け入れが不十分で、

結果として被災者のニーズに満足に応えられず、

早々とボラセンを閉じるというはめになっている。


上記のような準備のないボラセンは淘汰される。


従って、七ヶ浜には、ボランティアが続々と集まってきている。


ところで、我が地元の社協の9月の広報によると、

なんと、9月30日から

夜行日帰りのボランティアバスを、初めて募集している。

たぶん、周りの社協の動きをみて、

最初の方針を変更したと思われるが、

是非、息の長い活動にしてほしいものだ。