ボランティア参加への動機のその一は、原発事故への怒りです。
一民間企業でもやっている事を、
国家的事業には出来ないのだろうかという疑問です。
定年前の自分の業務は、
BCM(business continuity management)=事業継続管理により、
どんな非常時にも、事業継続への被害を最小限にする事でした。
想定されるリスクの最大なものは、東海地震対応です。
そこで行った事は、リスクアセスメントとリスクマネジメント
(どんな危険が潜在し、その確率と規模を想定し、優先順位を決め、
被害を最小限に食い止めるための手立てをすること)。
これらの施策は、事業体としての社会的責任の基本でしょう。
そして、自分のサラリーマン生活での一貫した業務は生産技術職で、
工場を自動化するというシステム工学分野が専門でした。
このシステム工学の分野も、構成する各要素を横断的に把握し、
致命的なトラブルを起こさないということが最大の使命でした。
これに対して、今回の原発事故はどうだったのか。
BCMの概念があったのだろうか?
リスクマネジメントをしてなかったのか?
システム工学の概念がなかったのか?
地震津波・原発の安全性に関する情報・指摘は、腐るほどあった
(石橋克彦神戸大学教授からの地震津波情報・
小出裕章助教など京都大学熊取6人衆からの原発安全情報・
広瀬隆氏などなど過去から多数)のに、
都合の悪い情報を無視する体質は、科学者の集団といえるだろうか?
考えてみるに、“原子力村”とまで言われる、
これまで第一線で直接推進してきた当事者たちは、
国策によって与えられた自分の担当(歯車の1枚)を遂行する事のみが使命であって、
全体結果へのフィードバック機能が働かない仕組みになっているのではないか?
国策レベルでこの本質にテコ入れしない限り改善しないと思うのだが、
原発やらせ問題で更迭されたはずの官僚の、
退職金に割り増しがつくという“泥棒に追い銭”の現実を目の当たりにすると、
残念ながら、同じ悲劇が繰り返される恐れを否定できない。