今日8月25日の朝日新聞の記事を転載します。

教育欄 いま子どもたちはNo.122 被災地で考えた②


東京から宮城の震災地へ向かう夜行バスの中で、

中3の小川達央君(14)はイヤホンを耳に突っ込み、うつむいていた。

「無理やり連れてこられました」。父・修司さんの隣の席で不満げに言う。

このバスはNPOが企画した、

被災地を見て学ぶ子ども向けのツアー「がれきの学校」の一行。

彼が嫌がる理由は「興味が無いから」


彼の心はこうだ。

被災地の外で暮らしていると、あっという間に震災は過去のことという空気になった。

「ちゃんと考えよう」と言っている人の中には、

『道義的にそう言わないと』と思っている人もいるのではないか?

疑わしい。

自分はあえて正直に「興味がない」と言うぞ。


2泊3日の旅の最終日、一行は壊滅した宮城県南三陸町の中心部を歩いていた。

見渡す限りの破壊。達央君が突然、「来て良かった」と言い出した。

あんなに嫌がっていたのに。

「いや、ホントです」。

しかも、実は被災地に降り立ったその日に思っていたという。

素直に言いたくなかったらしい。


灰色一色の街に立ち、彼は目線を上げた。にこやかに語りだす。

「震災のニュースって聞き流してて、ひとごとだった。だから興味がなかった。

でも自分の目で見たら感じ方が変わった。これはひどいって。

震災のことを少しは真剣に考えたい」


なんで今まで聞き流してたんだろう?

「そもそも何かを真剣に考えることがなかった。

きっと、自分のことがどうでもよかったからだと思う」

将来のこととか、勉強のこととか。


小学生のころは明るくて積極的だった。

でも中学生になると急に人とうまく話せなくなって「人生のテンション」が下がった。

それも一因かもしれない。


そうやって心境が変わったことをどう思う?

「うれしさと敗北感と。ふたつです」

敗北感?

「被災地を見て考え方が変わるって、大人の思うつぼじゃないですか」。

ふたつの気持ちはどっちが大きい?

「五分五分です」

笑顔が優しくなった気がするんだけど?

「気のせいです」。

また、ふっと笑った。

(原田朱美)