今日のマッチングの数はすごい、団体だけで合計238名。
これに個人を加えると優に300名を超す。最終は400名に近い。
七ヶ浜ボランティアセンターは、この数をしっかり受け入れる。
このからくりは、
今晩の“島原ボランティア協議会”からの情報も交えて後述する。
また、昨日余震の大揺れがあったので、
その際の避難方法の徹底があった。
今日の担当は、菖蒲田浜の松林の伐採。
岐阜県御嵩町からの団体23名に、我々3人の合計26名で、
一度伐採した場所で、地面から飛び出ている株や根っこの仕上げ伐採だ。
最初は何をしていいのか、迷っていた各メンバーも、
要領がわかってくると、作業に熱が入る。
不自然にとぐろを巻いている周りを、
スコップで取り除き、根っこの砂を払落し、チェンソーをかける。
一チーム数人がかりの共同作業だ。
午後になって、一人一人の熱気が盛り上がってくるのが、
手に取るようにわかる。
これでもか、これでもかと言うように、不自然な切り株を取り除く。
圧巻は終了時刻間際にやってきた。
最後に、先端が地面に着きそうに倒れかかっている大木を、
切り倒そうということになった。
全員が見守る中で、一人が切り倒した瞬間に、
10m以上もある大木に、7台のチェンソーが一斉に取りつく。
あっという間に、ずたずたに切り裂かれ、
次はチェンソーを持たない人が、運び出しに飛びつく。
ほんの数分できれいさっぱりだ。
まるで禿鷹のようだ。
いや、禿鷹は骨を残すが、ここは禿鷹以上だ。
後には何も残っていない。
御嵩町の23名全員が、満足して帰って行ったようで、
次回以降も繰り返し派遣するそうだ。
別グループで、仙台森林アドバイザー14名のグループは、
プロのような集団で、松林伐採を継続している。
今回も夕食時に、また新しい出会いがあった。
20年前の普賢岳の火砕流災害以降に組織された、
“島原ボランティア協議会”が恩返し支援で、
20名がバスで長崎からはるばるやってきた。
同じキャンプ場にテントを張ったので、
このNPOの旭理事長から詳しい話を聞くことができた。
災害時の常として、行政がやってくれるのは、
インフラの整備のみで、それ以降は自前が原則との事。
阪神淡路大震災以降、ボランティアの全国ネットワークが出来て、
たとえば、ここ七ヶ浜を強力にバックアップしてくれている、
レスキュー・ストック・ヤード(RSY)と島原ボランティア協議会も、
このネットワークでつながっているとの事。
旭理事長もRSYの七ヶ浜への活動を高く評価していた。
そして、普段災害の前から、これらのNPOと連携できている社協は、
被災時の運営が活発になれるとの事。
冒頭の話に戻るが、
300名を超すボランティアを受け入れることができるのは、
このようなNPOとの普段のつながりが無視できないと思われる。
これ以外にも、旭理事長からいろいろな情報が得られたので、
追って書き込んでいきたい。
同行の、伊藤さん小林さんも、昼と夜と多くの場面に、
手ごたえを感じているようです。
小林さんは、目立たないタイミングで写真を撮ろうとしたものの、
あまりの惨状に、シャッターを切ることができない場面があったとの事。
その後、カメラは鞄に入れてしまった。
伊藤さんは、旅館のお風呂をボランティア向け無料で使わせてもらったことに感謝していた。
宿のおかみさんの親と兄弟が亡くなったので、お風呂の支援をしているとの事。
