第2回ボランティアバスパック(未来会)

出発 4月23日(土)2230 甲府より夜行バス(大型3台)

途中 4月23日(土)2320 談合坂SAでオリエンテーション(指示事項は前回と同じ)

到着 4月24日(日)0810 東松島市大曲市民センター着

帰発 4月24日(日)1545 同上より出発

帰着 4月24日(日)2400 甲府着


参加メンバー 応募者 約110名(青年からシニアまで年齢層多彩) 女性も多数

         スタッフ    6名(未来会・山下代表・小林、中央市社協、市川三郷社協)



作業内容  東松島市大曲地区の各個人宅の片付け清掃手伝い

 参加メンバーを9班に分け(各班12名程度)、地区を区分分けして各戸を回り、要請のある家の片付けを手伝った。

この作戦は、この地域としては初日で、これから5月連休にかけて、ボランティアを使って継続するとのこと。

ボランティアを装って家に入り、金品を奪うという犯罪も発生しているようだ。


感想

  今回は現地で、数々の実話を伺うことができたので、これらを記述する。

* 午前の住宅地(海岸から、約2.5km)は、床上1mくらいの浸水で多くが半壊程度までで、かなりの片付けが進んでいたが、1軒だけ大幅に遅れており、我々5班が対応

新聞記者のお宅で、自宅の片付けが後回しになっていた。

敷地内のヘドロの撤去と汚れた建具の洗浄と生垣の修復。

9人で半日で終了。

* このお宅には数台の車が流され押し寄せてきたが、ヒノキ(樹高2~3m)の生垣がバリケードとなり、建屋の損傷を防いだとの事。

* 午後は、海岸から約2kmの、片付けが大幅に遅れている地域を担当。

土地の所有者が、がれき片付け要請をしない限り、行政ではとても手が回らないので後回しになる。

被害が大きいところ(一家全滅など)は、なおさらだ。

がれきの95%はよそから流れてきた物。まったく足を踏み入れる余地がない。

人手では手がつかない、あの下にはまだ何人かが埋まっているだろう。

震災直後の状況を目の当たりにして、まったく言葉を失う。

現場は凄い、津波は怖い。

 幸いに家族が無事で、自衛隊数十名に概略撤去を済ませてもらった後の屋敷の片付を、我々の班が担当した。

このお宅は、床上約1.5mの浸水があったが、構造損傷が無かった。

家の前の庭に、植木屋さんと思えるほどのたくさんの大きな木を植えていたため、何台もの乗用車やコンテナ車が押し寄せたにもかかわらず、ここも植え木がバリケードとなったとのこと。

 当日は津波の気配で、別棟のプレハブの2階に逃げて助かったが、水が引かずその場を離れられず、寒さに震えて一夜を過ごした。

夜中じゅう“助けて、助けて”の声が聞こえたが、翌日は皆、木にしがみついたまま息絶えていたとのこと。

車で流されてきて、木に引っ掛かって、車から這い出してきて夜中に凍死したらしい。

 隣の家は、7人中5人が死亡。

 その隣は、一家3人全員死亡。

 近くの避難所である市民センターに逃げた人の中でも、そこが平屋だったため、津波の気配でさらに別の小学校に逃げる途中に、飲み込まれてしまった人もいる。

市民センターに留まっていた人は、かろうじて天井にへばりついた状態で生き延びたようだ。

何が正解するか解らない、恐ろしい。

 まだまだやることが山ほどある。

こんな状況を目の当たりにすると、可能な限り自分のできることを続けなければと感じた第2回です。

 5月15日以降企画予定の未来会に参加するか、

現地で受け入れている、個別の現地野営方式にするか検討中です。