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このブログをご覧くださっていらっしゃる全ての皆様に、良き事が雪崩れのごとく起こる事を、お祈りさせていただきます。

さて今日は4月8日、花まつり、お釈迦様の誕生日ですね。(^◇^)
皆様、ご存知でしたか?

お釈迦様3 
先日、ある場所で話をしていたところ、お釈迦様が人間である事を知らない人がいて、大変驚きました。
その方は、お釈迦様のことを、阿弥陀如来様や観音菩薩様のような仏様だと思っていたんだそうです。

ところで、よく刑事ドラマを見ていると「ホトケの名前は○○○○、年齢は××歳」などと言っているシーンがありますよね。

しかし本当は、仏様と言うのは亡くなった人間がなるのではなく、仏様は最初から仏様なんだそうです。
人間が亡くなっても、仏様になる訳ではないんです。
しかし、その唯一の例外がお釈迦様なんですね。

お釈迦様は、もともとゴータマ・シダッタ(「ゴータマ・シッダールタ」と表記される場合もあります)と言い、大いなる悟りを開いたため、人間の中で唯一亡くなった後に、仏様になったと言われている方なんです。
ですので、仏様になったお釈迦様を「釈迦如来様」と言います。

お釈迦様1 
お釈迦様は、紀元前の古代インド、今のネパール・ブータン・シッキムと言ったヒマラヤ3国に近い、インド東部にあった「コーサラ国」と言う国の王子として生まれます。
王子ですから、何不自由のない生活を送っていたはずなんですが、とてもメランコリックな方だったようで、お城の門の外にいた病気の人や亡くなった人を見ては、ため息をつくような日を過ごしていました。

父である国王は、そんな王子を心配して早くに結婚させ、子供まで出来ますが、王子の様子は相変わらずで、ある日とうとう修行のためにこっそりお城を出て行ってしまいます。
今で言う、「蒸発亭主」ですね。

そして、旅を続けながら難行苦行をして何とか悟りを開こうとしますが、いっこうに悟りが開けません。
とうとう耐えられなくなったお釈迦様は、難行苦行を止めてしまいます。

ところが、そうやって苦しみから解放され菩提樹の木の下で休んでいた時に、大いなる悟りを得たそうです。
お釈迦様2 
実際に悟った事がないので分からないんですが、悟りを開いたお釈迦様は、その余りの気分の良さに踊り出したいくらいだった、と言う話が残っています。

ところで、その悟った内容を自分一人の胸のうちにしまっておこうと思ったお釈迦様ですが、「その悟りの内容を迷える人々のために教え伝えよ」と言うお告げを聞き、今のインド国内を旅しながら悟りの内容を説いて回ったのが、今の仏教の始まりです。
 
ですから、仏教と言うのは、そもそもお釈迦様の教えが広まった物です。
その後、スリランカやタイ、ミャンマーなどに伝わったのが南伝仏教(「テーラーワーダ仏教」とも言います)です。
一方、中国、朝鮮、日本などに伝わったのが北伝仏教(「大乗仏教」とも言います。)です。
 
しかしその後日本では、日蓮が開いた「日蓮宗」や親鸞が開いた「浄土真宗」などが広まります。
ですので、日本の仏教はお釈迦様の仏教ではなく、日蓮の仏教であり、親鸞の仏教なんですね。

それが証拠に、日本のお寺は浄土真宗系が一番多く、また今多くの信仰を集めている創価学会や立正佼成会は日蓮宗から生まれた宗教団体です。
さらに、今日本では仏像を拝み、お経を唱えたりしていますが、お釈迦様は「仏像を拝め」「お経を唱えろ」とは言っていないんです。

そもそも、お経と言うのはお釈迦様の教えを弟子達が書き残した物で、生きている人達に教えを説くための物です。
ですから、亡くなった方にお経を唱えても意味があるのか、いつも不思議に思っているんですよね。

もう一つ言うと、個人的には般若心経などは毎日唱えさせていただいているので、全文暗記してしまいました。
ですので、葬式や法事などの時、お寺から僧侶の方に来ていただかなくても、お経をあげる事ぐらいは出来ます。

その事を法事に来た僧侶の方に話したら、そんな事は言われた事がないのか、最初は「うっ」と言葉に詰まり、それでも「でも、やはり僧侶がお経をあげると功徳が違いますから」と言っていました。
でも、功徳って、何でしょうねえ。

話がかなり脱線しましたが、そうやって諸国を回っていたお釈迦様ですが、80歳くらいの時、旅先で出された料理に「あたって」お腹をこわし、それが原因でお亡くなりになってしまいます。
何とも人間らしい話ですね。

花まつりと言う事で、最初はお釈迦様の事だけを書くつもりだったんですが、随分話が広がってしまいましたね。
あんまり好き勝手な事を書いてしまうと、何だか怒られそうなので、この辺にしておきます。

今日も、最後までお読みくださいまして、有難うございました。(^◇^)