ブログをご訪問くださいまして、有難うございます。
このブログをご覧くださっていらっしゃる全ての皆様に、良き事が雪崩れのごとく起こる事を、お祈りさせていただきます。
さて、こちら東京地方は桜が満開となっていますが、皆様のお住まいの地域では、いかがでしょうか?
今回は、先日行って参りました「ピカソと20世紀美術展」について、ご紹介させていただきます。
場所は、東京駅の丸の内側北口にあります「ステーションギャラリー」です。
今回の展示は、富山県にあります富山近代美術館の収蔵品を借りての開催になります。
まずは、こちらです。
これは、ピカソの「貧しき食事」という作品で、1904年制作になります。
1904年と言うと、ピカソの「青の時代」が終わり、「バラ色の時代」へと向かう過渡期になるでしょうか。
ちょうど、パリはモンマルトルのアトリエ「洗濯船」で活動していた頃ですね。
こうして見ると、ありきたりの感想で申し訳ありませんが、本当に絵が上手いのがよく分かります。
続いての作品は、キルヒナーの「靴のボタンを掛ける女」です。
描かれたのは1913年になります。
キルヒナーはドイツ表現主義を代表する画家です。
「ブリュッケ」と言う表現主義のグループを結成して、活動していました。
この絵をご覧になってお分かりのように、この頃から見える物をありのままに描く、と言うスタイルから離れて行き始めている事が、窺えると思います。
これは、ピカソの「帽子の男」と言う作品です。
1915年の制作になります。
この頃になりますと、ピカソは完全に「キュビズム」の制作スタイルに舵を切っています。
キュビズムと言うのは、一つの対象物を様々な角度から眺め、それをキャンバスと言う平面に描き表して見せたスタイルです。
この絵も、帽子、右目、左目など違う角度から見えた物を並列に描いていますよね。
これは、マティスの「白狐の毛皮」と言う作品です。
1929年の制作です。
マティスと言えば、「フォービズム」を代表する画家です。
目に見える物の線や形について新しい表現方法を模索したのが「キュビズム」であるのに対し、色についての新表現を試みたのが「フォービズム」と言う事になるんでしょうか。
なお、マティスは油彩の他にも、多数の版画やリトグラフも作成しています。
これは、ピカソの「座る女」と言う作品です。
描かれたのは、1960年になるそうです。
この作品のタイトルが「座る女」である、と言う事で、ピカソが描こうとしている内容がよく分かります。
「新印象派展」をご紹介させていただいた時に少し触れたんですが、いわゆる新印象派と言われる人達の作品は、何を描いているのか、すぐに分かる物が多いですね。
それに対して、この作品などは、この「座る女」と言うタイトルがある事で、何を描こうとしているのか理解するキッカケになっています。
ですので、20世紀以降の作品では、この「タイトル」の持つ意味が、非常に重要性を増していると言う事が言えますね。
これは、スーラージュの「絵画」と言う作品です。
制作されたのは、1957年です。
この頃になると、「抽象絵画」の流れが大きくなって来ます。
個別の人や物を描いているのではなく、色や形そのものを見せる事が主眼のような印象があります。
この作品でも、キャンパス一面に広がる黒と、その大胆な筆遣いが人目を惹きますよね。
これは、エルンストの「森と太陽」と言う作品です。
制作されたのは、1927年です。
20世紀の大きな絵画の流れの中に、「シュルレアリズム」と言う物があります。
これは、日常的に人間が目にしている物ではなく、ある時は夢に登場したり、またある時にはいわゆる「自動書記」のような形で描かれた作品が多数登場します。
この作品は、デコボコの面にわざと紙を押し付け、表面の凹凸をその作品に反映させた物です。
これは、タンギーの「火 色彩」と言う作品です。
1941年制作になります。
全く個人的な感想ですが、この絵を見た時に、「あっ、ダリだ」と思いました。
と言うか、そのぐらいダリに影響を受けた作品と言う事が言えるのではないでしょうか。
例えば、作品の背景がまるで湖底か砂漠であるかのような、印象があります。
そして、描かれている対象物が細く長い影を伸ばしていますね。
そして、これがタピエスの「小さな木とひも」と言う作品です。
1973年制作になります。
これは、キャンバスに当たる部分に木を当てはめ、絵筆の代わりにひもを使って「絵を描く」と言う事を表した作品だそうです。
こうなると、目に見える既存の物は完全に崩壊し、全く新しい見方で物を捉えている事が分かります。
つまり、対象物を様々な角度から眺めた「キュビズム」を、もっとずっと突き詰めた結果、と言う事が言えるのではないでしょうか。
これは、フランシスの「ブルー・イン・モーション3」と言う作品です。
1960~62年の作品です。
フランシスは、「抽象表現主義」の作家の一人に挙げられています。
これは、絵筆から滴り落ちた絵の具の様子を、そのまま作品にした物です。
全くの偶然を作品にしているため、作家自身も2度と同じ作品を描く事は出来ない訳です。
勿論、こういう作品には、いわゆる「贋作」と言うのは、あり得ない事になりますよね。
これは、ウォーホルの「マリリン」と言う作品です。
1967年制作です。
ウォーホルと言えば、アメリカンポップアートの代表的な作家です。
アメリカンポップアートは、誰にでも同じ作品がお手軽に作れる、と言う点が大きな特徴でしょうか。
事実、ウォーホルの作品は、その弟子達によって大量に世の中に出回っています。
なお、展示を見た時、キャプションが作品の左側にあったため、右目の片隅にこの作品が目に入り、右目がハレーションを起こして別の色に変化して見えたのには、驚きました。
ウォーホルも、そこまで狙って作成したのかは、不明ですが・・・。
これは、クリスト&ジャンヌ・クロードの「ランニング・フェンス」と言う作品です。
1979年の制作です。
20世紀のアートは、やがて屋内を飛び出し、そのアートが存在する場所も含めて、一つの「作品」になっている事が、ままあります。
また、その制作過程も含めて公開される場合も出て来ました。
これは、屋外に高さ5.5メートルのナイロンの生地を、延々と40kmに渡って設置した物を写真に撮っています。
詳しく説明しますと、写真が作品なのではなくて、この万里の長城のように置かれたナイロンが作品なんです。
これなども、本当に絶対真似出来る物ではありませんよね。
これは、ノイマンの「優勢1985」と言う作品です。
中央に白く細長く伸びた線が見えますが、その先に人間の顔が描かれています。
また、右端には、顔のない人間の胴体が描かれています。
つまり、顔と胴体が向き合った状態を描いているんですね。
この作品では、顔などを描く時も、無表情に平面的に描きます。
これが、「新表現主義」の特徴になります。
なお、ノイマンはドイツ出身で、1985年と言えばドイツが東西に分断されていた時代です。
と言う事は、この作品が描き表そうとしている事が、分かるような気がしますね。
以上駆け足でしたが、13作品をご紹介させていただきましたが、いかがだったでしょうか。
20世紀のアートは、写真の登場に押された結果、逆に目に見える世界から解放される、と言う自由で良い方向に向かった時代、と言う事が言えると思います。
ただ、悪く言えば「何でもアリ」と言う事になりかねません。
これから、アートがどういう方向に向かって行くのか、ますます目が離せないと言う事が言えると思います。
今回も、最後までお読みくださいまして、有難うございました。(^◇^)
このブログをご覧くださっていらっしゃる全ての皆様に、良き事が雪崩れのごとく起こる事を、お祈りさせていただきます。
さて、こちら東京地方は桜が満開となっていますが、皆様のお住まいの地域では、いかがでしょうか?
今回は、先日行って参りました「ピカソと20世紀美術展」について、ご紹介させていただきます。
場所は、東京駅の丸の内側北口にあります「ステーションギャラリー」です。
今回の展示は、富山県にあります富山近代美術館の収蔵品を借りての開催になります。
まずは、こちらです。
これは、ピカソの「貧しき食事」という作品で、1904年制作になります。
1904年と言うと、ピカソの「青の時代」が終わり、「バラ色の時代」へと向かう過渡期になるでしょうか。
ちょうど、パリはモンマルトルのアトリエ「洗濯船」で活動していた頃ですね。
こうして見ると、ありきたりの感想で申し訳ありませんが、本当に絵が上手いのがよく分かります。
続いての作品は、キルヒナーの「靴のボタンを掛ける女」です。
描かれたのは1913年になります。
キルヒナーはドイツ表現主義を代表する画家です。
「ブリュッケ」と言う表現主義のグループを結成して、活動していました。
この絵をご覧になってお分かりのように、この頃から見える物をありのままに描く、と言うスタイルから離れて行き始めている事が、窺えると思います。
これは、ピカソの「帽子の男」と言う作品です。
1915年の制作になります。
この頃になりますと、ピカソは完全に「キュビズム」の制作スタイルに舵を切っています。
キュビズムと言うのは、一つの対象物を様々な角度から眺め、それをキャンバスと言う平面に描き表して見せたスタイルです。
この絵も、帽子、右目、左目など違う角度から見えた物を並列に描いていますよね。
これは、マティスの「白狐の毛皮」と言う作品です。
1929年の制作です。
マティスと言えば、「フォービズム」を代表する画家です。
目に見える物の線や形について新しい表現方法を模索したのが「キュビズム」であるのに対し、色についての新表現を試みたのが「フォービズム」と言う事になるんでしょうか。
なお、マティスは油彩の他にも、多数の版画やリトグラフも作成しています。
これは、ピカソの「座る女」と言う作品です。
描かれたのは、1960年になるそうです。
この作品のタイトルが「座る女」である、と言う事で、ピカソが描こうとしている内容がよく分かります。
「新印象派展」をご紹介させていただいた時に少し触れたんですが、いわゆる新印象派と言われる人達の作品は、何を描いているのか、すぐに分かる物が多いですね。
それに対して、この作品などは、この「座る女」と言うタイトルがある事で、何を描こうとしているのか理解するキッカケになっています。
ですので、20世紀以降の作品では、この「タイトル」の持つ意味が、非常に重要性を増していると言う事が言えますね。
これは、スーラージュの「絵画」と言う作品です。
制作されたのは、1957年です。
この頃になると、「抽象絵画」の流れが大きくなって来ます。
個別の人や物を描いているのではなく、色や形そのものを見せる事が主眼のような印象があります。
この作品でも、キャンパス一面に広がる黒と、その大胆な筆遣いが人目を惹きますよね。
これは、エルンストの「森と太陽」と言う作品です。
制作されたのは、1927年です。
20世紀の大きな絵画の流れの中に、「シュルレアリズム」と言う物があります。
これは、日常的に人間が目にしている物ではなく、ある時は夢に登場したり、またある時にはいわゆる「自動書記」のような形で描かれた作品が多数登場します。
この作品は、デコボコの面にわざと紙を押し付け、表面の凹凸をその作品に反映させた物です。
これは、タンギーの「火 色彩」と言う作品です。
1941年制作になります。
全く個人的な感想ですが、この絵を見た時に、「あっ、ダリだ」と思いました。
と言うか、そのぐらいダリに影響を受けた作品と言う事が言えるのではないでしょうか。
例えば、作品の背景がまるで湖底か砂漠であるかのような、印象があります。
そして、描かれている対象物が細く長い影を伸ばしていますね。
そして、これがタピエスの「小さな木とひも」と言う作品です。
1973年制作になります。
これは、キャンバスに当たる部分に木を当てはめ、絵筆の代わりにひもを使って「絵を描く」と言う事を表した作品だそうです。
こうなると、目に見える既存の物は完全に崩壊し、全く新しい見方で物を捉えている事が分かります。
つまり、対象物を様々な角度から眺めた「キュビズム」を、もっとずっと突き詰めた結果、と言う事が言えるのではないでしょうか。
これは、フランシスの「ブルー・イン・モーション3」と言う作品です。
1960~62年の作品です。
フランシスは、「抽象表現主義」の作家の一人に挙げられています。
これは、絵筆から滴り落ちた絵の具の様子を、そのまま作品にした物です。
全くの偶然を作品にしているため、作家自身も2度と同じ作品を描く事は出来ない訳です。
勿論、こういう作品には、いわゆる「贋作」と言うのは、あり得ない事になりますよね。
これは、ウォーホルの「マリリン」と言う作品です。
1967年制作です。
ウォーホルと言えば、アメリカンポップアートの代表的な作家です。
アメリカンポップアートは、誰にでも同じ作品がお手軽に作れる、と言う点が大きな特徴でしょうか。
事実、ウォーホルの作品は、その弟子達によって大量に世の中に出回っています。
なお、展示を見た時、キャプションが作品の左側にあったため、右目の片隅にこの作品が目に入り、右目がハレーションを起こして別の色に変化して見えたのには、驚きました。
ウォーホルも、そこまで狙って作成したのかは、不明ですが・・・。
これは、クリスト&ジャンヌ・クロードの「ランニング・フェンス」と言う作品です。
1979年の制作です。
20世紀のアートは、やがて屋内を飛び出し、そのアートが存在する場所も含めて、一つの「作品」になっている事が、ままあります。
また、その制作過程も含めて公開される場合も出て来ました。
これは、屋外に高さ5.5メートルのナイロンの生地を、延々と40kmに渡って設置した物を写真に撮っています。
詳しく説明しますと、写真が作品なのではなくて、この万里の長城のように置かれたナイロンが作品なんです。
これなども、本当に絶対真似出来る物ではありませんよね。
これは、ノイマンの「優勢1985」と言う作品です。
中央に白く細長く伸びた線が見えますが、その先に人間の顔が描かれています。
また、右端には、顔のない人間の胴体が描かれています。
つまり、顔と胴体が向き合った状態を描いているんですね。
この作品では、顔などを描く時も、無表情に平面的に描きます。
これが、「新表現主義」の特徴になります。
なお、ノイマンはドイツ出身で、1985年と言えばドイツが東西に分断されていた時代です。
と言う事は、この作品が描き表そうとしている事が、分かるような気がしますね。
以上駆け足でしたが、13作品をご紹介させていただきましたが、いかがだったでしょうか。
20世紀のアートは、写真の登場に押された結果、逆に目に見える世界から解放される、と言う自由で良い方向に向かった時代、と言う事が言えると思います。
ただ、悪く言えば「何でもアリ」と言う事になりかねません。
これから、アートがどういう方向に向かって行くのか、ますます目が離せないと言う事が言えると思います。
今回も、最後までお読みくださいまして、有難うございました。(^◇^)