ブログをご訪問くださいまして、有難うございます。
このブログをご覧くださっていらっしゃる全ての皆様に、良き事が雪崩れのごとく起こる事を、お祈りさせていただきます。
さて先日、東京・渋谷のポスターハリスギャラリーで行われております、「宇野亜喜良展」に行って来ました。
こちら、正式には「寺山修司生誕80年 宇野亜喜良✕寺山修司 演劇ART WORKS原画展 1998~2015」と言うタイトルになります。
このタイトルでお気付きになった方も多いと思いますが、今回の展示は、宇野亜喜良の作品の中でも、寺山修司を始めとする演劇関係に特化したものになっています。
会場の様子は、こんな感じでした。
場内は写真撮影OKだったので、何枚か様子を撮影させていただきました。
ご覧になってお分かりの事と思いますが、場内はとても明るく、白い壁や柱の小奇麗なとても快適な空間でした。
広さは、おおよそ20畳ほどでしょうか。
展示されている作品には、イラストの他にも様々な物がありました。
また、原画と言うだけあって、直筆のしかも下書きのような作品もありました。
下の写真のように、反対側に全く別の物が印刷されている、裏が白い紙に描いた物までありました。↓
これらは、演劇における登場人物の衣装について、描き表した物です。
このように、イラストだけでなく、衣装や舞台効果などの分野において、彼は幅広く関わっていた事が窺えます。
イラストの上に写っている写真は、この衣装を使って実際に行われた舞台の様子を写した物です。
こうして見ると、1点1点とても細かい作業である事が分かりますよね。
これは、壁一面の大きさに描かれた作品です。
比較出来る対照物がないので、お分かりになりにくいと思いますが、かなりの大きさの大作です。
そもそも、宇野亜喜良は1934年生まれですから、今年81歳になります。
子供の頃から絵が好きで、学生時代には個人的に絵を習っていたそうです。
日本で、まだ「イラストレーター」と言う職業が、確固たる地位を得ていなかった時代にグラフィックデザインの仕事を始めています。
言わば、グラフィックデザイナーの先駆けですよね。
ちょうどその頃は、横尾忠則さん、和田誠さんと言った、同じようにその後イラストレターとして名を馳せた人達が、本格的な活動を始めています。
しかし、何と言っても宇野亜喜良の名声が広がったのは、寺山修司の演劇のポスターを手掛けてからのようです。
寺山修司の劇団は「天井桟敷」と言い、当時は佐藤信の「黒テント」、唐十郎の「状況劇場」と並んで、アングラ(=アンダーグラウンド)を代表する劇団でした。
「天井桟敷」の逸話にこんな話を聞いた事があります。
また聞きの伝え聞きなので、真偽の程は定かではありません。
「天井桟敷の公演があるんだが場所は知らされず、ただ新宿の公園に集合と言う事だった。教えられた時間にそこへ行くと、案内の人が『こっちだ』 と言うので、ついって行った。すると、突然路上で公演が始まったんだ。もしかして、これは無許可なんじゃないか、ってハラハラした」
この話が本当かどうかはともかくとして、時代が変革期のとても面白い頃だったんでしょうね。
今だったら、こんな事はとても不可能だと思います。
いわゆる「ゲリラライブ」と言う物ですよね。
寺山修司は、演劇の他にも作家として「書を捨て街に出よう」などの作品も書いていて、当時かなりの影響力があったようです。
そして、日本よりもむしろ海外の評価の方が高かったようです。
いずれにしても、宇野亜喜良も寺山修司も一時代を築き、その寵児になった人ですから、その作品は今でも大いに注目の浴びるところですよね。
なお、今回のこの作品展は3月29日までです。
(月曜は休館日)
時間は13:00~19:00、入場料は500円になります。
お近くにいらした方は、ご覧になって損はないと思いますよ。
今回も、最後までお読みくださいまして、有難うございました。(^◇^)
このブログをご覧くださっていらっしゃる全ての皆様に、良き事が雪崩れのごとく起こる事を、お祈りさせていただきます。
さて先日、東京・渋谷のポスターハリスギャラリーで行われております、「宇野亜喜良展」に行って来ました。
こちら、正式には「寺山修司生誕80年 宇野亜喜良✕寺山修司 演劇ART WORKS原画展 1998~2015」と言うタイトルになります。
このタイトルでお気付きになった方も多いと思いますが、今回の展示は、宇野亜喜良の作品の中でも、寺山修司を始めとする演劇関係に特化したものになっています。
会場の様子は、こんな感じでした。
場内は写真撮影OKだったので、何枚か様子を撮影させていただきました。
ご覧になってお分かりの事と思いますが、場内はとても明るく、白い壁や柱の小奇麗なとても快適な空間でした。
広さは、おおよそ20畳ほどでしょうか。
展示されている作品には、イラストの他にも様々な物がありました。
また、原画と言うだけあって、直筆のしかも下書きのような作品もありました。
下の写真のように、反対側に全く別の物が印刷されている、裏が白い紙に描いた物までありました。↓
これらは、演劇における登場人物の衣装について、描き表した物です。
このように、イラストだけでなく、衣装や舞台効果などの分野において、彼は幅広く関わっていた事が窺えます。
イラストの上に写っている写真は、この衣装を使って実際に行われた舞台の様子を写した物です。
こうして見ると、1点1点とても細かい作業である事が分かりますよね。
これは、壁一面の大きさに描かれた作品です。
比較出来る対照物がないので、お分かりになりにくいと思いますが、かなりの大きさの大作です。
そもそも、宇野亜喜良は1934年生まれですから、今年81歳になります。
子供の頃から絵が好きで、学生時代には個人的に絵を習っていたそうです。
日本で、まだ「イラストレーター」と言う職業が、確固たる地位を得ていなかった時代にグラフィックデザインの仕事を始めています。
言わば、グラフィックデザイナーの先駆けですよね。
ちょうどその頃は、横尾忠則さん、和田誠さんと言った、同じようにその後イラストレターとして名を馳せた人達が、本格的な活動を始めています。
しかし、何と言っても宇野亜喜良の名声が広がったのは、寺山修司の演劇のポスターを手掛けてからのようです。
寺山修司の劇団は「天井桟敷」と言い、当時は佐藤信の「黒テント」、唐十郎の「状況劇場」と並んで、アングラ(=アンダーグラウンド)を代表する劇団でした。
「天井桟敷」の逸話にこんな話を聞いた事があります。
また聞きの伝え聞きなので、真偽の程は定かではありません。
「天井桟敷の公演があるんだが場所は知らされず、ただ新宿の公園に集合と言う事だった。教えられた時間にそこへ行くと、案内の人が『こっちだ』 と言うので、ついって行った。すると、突然路上で公演が始まったんだ。もしかして、これは無許可なんじゃないか、ってハラハラした」
この話が本当かどうかはともかくとして、時代が変革期のとても面白い頃だったんでしょうね。
今だったら、こんな事はとても不可能だと思います。
いわゆる「ゲリラライブ」と言う物ですよね。
寺山修司は、演劇の他にも作家として「書を捨て街に出よう」などの作品も書いていて、当時かなりの影響力があったようです。
そして、日本よりもむしろ海外の評価の方が高かったようです。
いずれにしても、宇野亜喜良も寺山修司も一時代を築き、その寵児になった人ですから、その作品は今でも大いに注目の浴びるところですよね。
なお、今回のこの作品展は3月29日までです。
(月曜は休館日)
時間は13:00~19:00、入場料は500円になります。
お近くにいらした方は、ご覧になって損はないと思いますよ。
今回も、最後までお読みくださいまして、有難うございました。(^◇^)