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このブログをご覧くださっていらっしゃる全ての皆様に、良き事が雪崩れのごとく起こる事を、お祈りさせていただきます。

先日の事になりますが、東京・上野の国立西洋美術館の「ホドラー展」に行って来ました。
早速ご紹介させていただきたい、と思います。

フェルディナント・ホドラーは、1853年にスイスで生まれ、1918年に亡くなるまで、その生涯をスイスで暮らします。
ちょうどその頃は、印象派に始まり、表現主義・象徴主義からキュビズム・フォービズムと言う絵画の流れが変化した時代でした。
これらの時代の変化に全く影響を受けなかった訳ではないでしょうが、ホドラーは独特の画風を確立します。

まず、ホドラーは14歳で観光客への土産物に、風景画を描き始めます。
ホドラー1 
これは、「山小屋とアイガー山、メンヒ山、ユングフラウ山」です。

この頃のホドラーは、勿論画家としての地位も確立しておらず、作品にはホドラー自身の署名もないほどでした。

その後、彼はスペインに旅行していますが、そこで見た風景が作品にも影響を与えています。
ホドラー2 
これは、「マロニエの木々」です。
作品が、ぐっと明るくなったのが、お分かりになるかと思います。

なお、水面に木の影が描かれていますが、これが後の彼の作風の一端を表しているように思います。
ですので、この作品はちょっと頭に入れていただければ、と思います。

ホドラーは、その後職業画家を経て、ジュネーブ美術学校の教授だったバルテレミー・メンに見出され、弟子入りしています。
そして、風景画のコピーから戸外の「光」を意識した作品を描くようになります。

さらには、労働者や一般人の苦悩や思索と言った内面を表現した作品へと、変化して行きます。
ホドラー3 
これは、「思索する労働者」です。
この頃の作風の典型的な一枚です。

その後は感情によって動かされる身体に注目し、そこに現れて来るリズムを描き出すようになります。
それが、「パラレリズム(平行主義)」と言う物を提唱して行く事に、つながって行きます。
ホドラー4 
これは、「感情Ⅲ」です。
このように、4人の女性の身体の動きを横一直線に描いています。

なお、背景に赤い花が見えますが、これは彼の作品に度々登場します。
ですので、赤い花自体には深い意味はないようですし、もっと言えば、人物と背景にもあまり関連はないようです。

その事を証明している作品が、これです。
ホドラー5 
これは、「感嘆」と言う作品です。
この絵画でも人物の「動き」を取り扱っています。

しかし、どう考えてもこの人物は大き過ぎますよね。
背景の湖の大きさから考えますと、これは鎌倉の大仏様に匹敵するくらいの大きさはあろうか、と思われます。

この事からも、ホドラーの描きたかったのが人物の動きであり、決して風景でない事が分かります。

続いての作品は、こちらです。
ホドラー7 
これは、「春Ⅲ」と言う作品です。
この作品、特に左側の女性の身体の動きを見た時に、筆者は土方巽先生を始めとする日本の舞踏を思い出しました。

しかし、この事はむしろホドラーが目指した「身体のリズム」を感じ取った事になるのかも知れません。
そういう意味では、ホドラーの狙いは達成されているのではないでしょうか。

これをさらに追及して、自然の中に様々な形態の類似、反復、左右相称などを見出して行きます。
ホドラー9 
これは、「夕暮れのトゥーン湖とシュトックホルン山脈」です。

湖面に山の影が映っていますね。
これも、いわゆるホドラーの「反復」の一つなんでしょうね。

ここで、先程の「マロニエの木」と言う作品を思い出してください。
やはり水面に木が映っていますね。
こういう作風の根底には、あるいはあの「マロニエの木」と言う作品の存在があるのかも知れません。

やがてホドラーは、いろいろな建物の壁画を手掛けるようになります。
ホドラー10 
これは、ドイツ・ハノーファー市の市庁舎室内の装飾「全員一致」です。
「全員一致」のための構図習作が、これです。

絵のモチーフとしては、宗教改革に賛成する人の挙手の様子を描いています。
最初は一人がおずおずと手を挙げたんですが、それをきっかけに次々と人が手を挙げている様子が描かれています。

つまり、だんだんと手が挙がって行く様子を、コマ送りのように、あるいはパラパラ漫画のように描こうとした結果ではないのでしょうか。
そういう意味では、ホドラーには先駆的な一面もあったのかも知れません。

ホドラー11 
そして、これは「無限へのまなざし」です。
チューリッヒ美術館の壁画です。

壁画ですから、勿論今回展示は出来ませんが、代わりにこちらが来ました。
ホドラー12 
これが、「無限のまなざしのための単独習作」です。
このように、モデル一人ずつがバラバラになった習作が、今回展示されていました。

さて、こうして活躍したホドラーですが、年齢と共に衰えて行き、最後にはアトリエに向かう事も出来ず、自宅の窓から見える景色を描いたりしています。

また、ちょうどその頃、最愛のヴァランティーヌ・ゴデ・ダレルが病死してしまいます。
ホドラー13 
これは、「バラの中に死したヴァランティーヌ・ゴデ・ダレル」です。
このように描けると言うのは、愛人が死してもなお、画家としての血が騒ぐんでしょうか。

以上、駆け足になってしまいましたが、この辺りでホドラー展の紹介を終了させていただきたい、と思います。

今回も、最後までお読みくださいまして、有難うございました。(^◇^)