ブログをご訪問いただきまして、有難うございます。
このブログをお読みくださっていらっしゃる全ての皆様に、良き事が雪崩れのように起きる事を、お祈りさせていただきます。
さて、最近つくづく思うのですが、およそこの世の悩みのうち、人間関係に関する悩みが占める割合は、かなり高いのではないでしょうか?
どなたが言っていたのかは忘れましたが、人生相談に来る人の9割もが「他人が自分の思うようにならない」と言う相談なのだそうです。
考えてみれば、我々人間という生き物は、1人で生きて行く事は出来ませんね。
例え人里離れた山奥に住んでいたとしても、他人のお世話に全くならずに生活している人はいませんね。
「カスミ」でも食べて生きていれば、別ですが・・・。
そして、そうやって人と関わって生きていると、必ず悩む事の一つに「人間関係」があげられます。
さらに、その悩みを突き詰めて行くと、その原因は先程も言いましたように「他人が自分の思うようにならない」と言う事なのです。
でも、これは皆さんうすうす気付いているはずなんです。
そもそも、他人は自分の思うようにはならないって。
何故かと言えば、例えばここに二人の人がいて1個のリンゴがあったとします。
Aさんは、そのリンゴを皮を剥いてそのまま食べたい、と思っています。
Bさんは、リンゴをジャムにして食べたい、と思っています。
ここで、お互いが自分の主張を通そうとすると軋轢が生じ、どちらかが最終的に譲ったとしても、そこからストレスが生じます。
これは、ほんのささいな一例ですが、こういう事の積み重ねが人間関係のストレスを生むんですよね。
では、こういう場合どうするか。
BさんはAさんに譲って、自分はもう1個リンゴを用意して、ジャムにして食べる、と言うやり方もあるでしょう。
その時大事なのは、Bさんの気持ちですよね。
「Aさんは、美味しいリンゴの食べ方を知らない人だ」と憤慨するか、「Aさんのリンゴの食べ方はこうなのだから、次からは自分はミカンを食べる事にしよう」と気持ちを切り替える事が出来るか、と言う事がとても大切になって来ます。
これはほんのささいな一例ですから、皆さん「そんな事は分かっているよ」と思われるかも知れません。
しかし、これが日常的に繰り返されていたとしたら、どうでしょうか?
「どうも、Aさんの考え方にはついて行けない」と思ってしまうかも知れません。
また、これがリンゴではなく、車を買う、家を買う、などと言った重大な決断の場合、いかがでしょうか?
そう簡単に、他人の意見に譲る事が出来るでしょうか?
これは単なる一例です。
まず大事な事は、人間は一人一人考え方や個性が違う、と言う事です。
ですから、当然自分の予期せぬ事を言ってみたり、行動してみたりします。
そして、その事に驚いたり、憤慨したりします。
しかし、人間は一人一人考え方の「物差し」が違うんですよね。
ですから、いろいろな考えがあるし、いろいろな行動がある訳なんです。
大事なのは、この「他人には他人の考え方の物差しがあるんだ、と受け入れる事」だと思います。
この事について、一番間違いを犯しやすい事例が、親子関係だと思うんです。
「叱る」と言う言葉と、「怒る」と言う言葉があります。
この二つは似ているようで、全然違いますよね。
「叱る」と言うのは、自分はあくまで冷静で、一歩引いた場所からのアドバイス、と言う事が言えると思います。
一方「怒る」と言うのは、その場の自分の感情にまかせて、気持ちをぶつける、と言う事ですよね。
「八つ当たり」と言う言葉があったりもします。
ところが世の中の親と呼ばれる人の中には、自分の感情にまかせて「怒って」いる人がいますよね。
「どうしてあんたは、○×出来ないの!」などと、イラついている人を見かけたりします。
しかし、子供が大人と同じ事が出来なくて、当たり前なんですね。
これこそ、大人の物差しで子供を計っている典型的な例でしょう。
人間誰しも個性があります。
ですから、大事なのは、お互いの個性は理解出来なくても、「この人はこういう人なんだ」と個性を尊重し合う事なんでしょうね。
ここで、「どうしてこの人は○×なの!」と考えてしまうと、気持ちがイラつくし、ストレスも溜まってしまいます。
こういう時に、お互いの短所・欠点を認め合い補い合って、お互いの長所を尊敬し合えれば、人間関係はうまく行くんでしょうね。
要するに、欠点にフォーカスするか、長所にフォーカスするか、によって、その人の印象もだいぶ変わって来るんだと思います。
いつも怒鳴りまくってイラついているような人が、実はノルマに怯える小心者だったり、自慢ばかりする感じの悪い人が、実はコンプレックスの裏返しだったりする事があります。
要するに、「相手の立場に立って物事を考える」と言う習慣を、身に付けるのがキモなのではないでしょうか。
「合わせ鏡の法則」と言う言葉があります。
この言葉の意味については、実は知らないのですが、もし身の回りに「イヤだな」と思う人がいたら、自分もその人のようになっていないか、気を付けたいです。
その時点でそういう人に巡り合った、というのも、「お前もこういう風になっていないか?」と言うメッセージのような気がするからです。
そう考えると自分は自然に謙虚になり、そういう人と知り合えた事に感謝の気持ちが湧き、多くを望んでストレスを溜めると言う事にはならない無欲な状態になれるのではないか、と思うのです。
これは、職場・夫婦・家族など全てに当てはまる事なのではないでしょうか。
などと分かったような事を書いていますが、私自身まだまだ悩み、苦しむ事も多いです。
皆さんと一緒に、支え合って生きて行けたら良いな、と思っています。
今回も最後までお読みいただきまして、有難うございました。