今日は、いきなり本題に入らせていただきます。
今まで長く生きて来ましたが、思えば「自分は○○がしたい」とか「自分は○○になりたい」と考えて、そのように夢が実現した記憶がないように思います。
勿論「焼肉が食べたい」とか、「○○に旅行に行きたい」などと言う、ささやかな望みは叶っていると思います。
この事に関しては、むしろラッキーなくらい実現していると思います。
ただ、今ここで言っているのは、もっと人生において重大な事や一生に一度の出来事についての話です。
例えば、「○○のような家に住みたい」とか、「○○さんのような結婚がしたい」と言った事です。
このような事が何故実現しないのか、改めて考えてみました。
そうすると、ある一つの事実に気が付いたのです。
それは、「ダメになりそうになると、すぐに諦めてしまう」、あるいは最初から「こんなのムリ」と思って頑張らないからなのです。
まあ、流石にこの言い方は厳しいのかも知れませんが、言い方を変えて言えば「失敗する事を恐れている」のです。
確かに、何でも物事失敗すれば「カッコ悪い」ですよね。
さらに言えば、失敗した事を人に知られるのは、「みっともない事」ですよね。
この「カッコ悪い」「みっともない」と言う意識が、知らず知らずのうちに心にブレーキをかけ、無難な方、失敗しない方に進みたがる原因になっていると思います。
しかし、ふと思ったのです。
「このまま一生これで良いのだろうか」と。
話は突然飛びますが、赤ちゃんって立ち上がろうとして何度も転びますよね。
転んでばかりいるので、「恥ずかしいから立ち上がろうとするのは止めた」とか、「立ち上がれないままでも良い」と考える赤ちゃんって、いませんよね。
ですので、人間って本能的にチャレンジしよう、と言う気持ちは持っているんだと思うんです。
相田みつをさんも言っていますよね、「失敗したって良いじゃないか、人間だもの」って。
失敗を恐れて行動しないと、いつまで経っても同じ事の繰り返しになってzしまうと思うのです。
ただ、そのためには出来る事は何でもやっておく必要はあるのでしょうね。
まさに、「人事を尽くして天命を待つ」ですね。
何て、分かったような事を言っていますが、ともすれば折れそうになる自分の心のために、今日はこの文章を書いてみました。
お読みくださった方、有難うございます。
今まで長く生きて来ましたが、思えば「自分は○○がしたい」とか「自分は○○になりたい」と考えて、そのように夢が実現した記憶がないように思います。
勿論「焼肉が食べたい」とか、「○○に旅行に行きたい」などと言う、ささやかな望みは叶っていると思います。
この事に関しては、むしろラッキーなくらい実現していると思います。
ただ、今ここで言っているのは、もっと人生において重大な事や一生に一度の出来事についての話です。
例えば、「○○のような家に住みたい」とか、「○○さんのような結婚がしたい」と言った事です。
このような事が何故実現しないのか、改めて考えてみました。
そうすると、ある一つの事実に気が付いたのです。
それは、「ダメになりそうになると、すぐに諦めてしまう」、あるいは最初から「こんなのムリ」と思って頑張らないからなのです。
まあ、流石にこの言い方は厳しいのかも知れませんが、言い方を変えて言えば「失敗する事を恐れている」のです。
確かに、何でも物事失敗すれば「カッコ悪い」ですよね。
さらに言えば、失敗した事を人に知られるのは、「みっともない事」ですよね。
この「カッコ悪い」「みっともない」と言う意識が、知らず知らずのうちに心にブレーキをかけ、無難な方、失敗しない方に進みたがる原因になっていると思います。
しかし、ふと思ったのです。
「このまま一生これで良いのだろうか」と。
話は突然飛びますが、赤ちゃんって立ち上がろうとして何度も転びますよね。
転んでばかりいるので、「恥ずかしいから立ち上がろうとするのは止めた」とか、「立ち上がれないままでも良い」と考える赤ちゃんって、いませんよね。
ですので、人間って本能的にチャレンジしよう、と言う気持ちは持っているんだと思うんです。
相田みつをさんも言っていますよね、「失敗したって良いじゃないか、人間だもの」って。
失敗を恐れて行動しないと、いつまで経っても同じ事の繰り返しになってzしまうと思うのです。
ただ、そのためには出来る事は何でもやっておく必要はあるのでしょうね。
まさに、「人事を尽くして天命を待つ」ですね。
何て、分かったような事を言っていますが、ともすれば折れそうになる自分の心のために、今日はこの文章を書いてみました。
お読みくださった方、有難うございます。