子育てでは『我が子を1人の人間として尊重する』ということがよく言われます。



これって、簡単そうでなかなか難しいことです。



幼い時は、生きるために有無を言わせず親の庇護が必要だし、大きくなるにつれて親の期待や願いが強くなり、我が子をコントロールしてしまいがちです。



特に我が子が不登校やひきこもりだと、そこばかりが気になって親が必死になんとかしようとしてしまいます。



不登校もひきこもりもその子の一面であって、全てではないはずなのに…です。



私は長い間『不登校•ひきこもり=ダメなこと』という捉え方をしていました。 



直接そんなことは口に出さなくても息子からは、「母さんは僕を否定している!」「僕のことを信用していない!」と、いつも言われていました。



マイナスの意識が息子に伝わっていたのです。



当然、親子関係はうまくいきません。



学校から離れて親も子も落ち着いてくると、少し俯瞰して息子のことが見られるようになってきました。



息子は小さい頃から嫌なことは「嫌だ!」と言ってきた。私は我慢や努力が足りないと思っていた。右矢印自分の気持ちを大事にしている。



精神状態や体調の波が激しい右矢印自分の調子を自覚して、ケアしようとしている。落ちても自分で立て直すことができるようになってきた。



こだわりが強く、人に合わせることが苦手右矢印自分軸があり、マイペースで生きていこうとしている。



上手に立ち回ることができない右矢印嘘がつけなくて、正直で誠実



自分のやりたい事、好きな事しかできない右矢印やりたい事や好きな事には、集中して深めることができる



よく言われるように、短所と長所は表裏一体なので、捉え方で変わってきます。



すると、世間の大多数とは異質な息子に対して1人の人間としてリスペクトさえ感じられます。



私の中に無いものが息子にはあるのです。



さらに、発達特性という生きづらさの中で生き抜いてきたことが尊いと思います。



心からそう思えることは、きっと息子にも伝わるでしょう。



息子には息子の意思があり、生き方があります。



それを認めることが、息子を1人の人間として尊重することなのかなぁと思っていますニコニコ



(夫や他人に対してもそうなれれば、もっと楽なのかもね〜爆笑)