子どもが不登校・ひきこもりの親の対応として、雑談が非常に大事だと言われる。



それを知った時に、そういえば息子との雑談はあまりしていないことに気づいた。



元々口数の少ない子どもだったけれど、訊かれたことにはいちおう答えるし、嫌なことは「嫌だ!」と言えていた。



でも、「今日、学校で何をしたの?」「楽しかった?」といった学校に関する質問に対しては、息子からは何も返ってこなかった。



自分から学校のことや同級生のことを話すことも一切なかった。



ただただ「学校が嫌だ」と繰り返すばかりだった。



私が子どもの時には、学校から帰ったら学校での出来事を一から十まで母に話していた。



もちろん、母から尋ねられたからではなく、自発的に話していた。



男の子だからそんなものなのかなぁと思っていたし、一人っ子なので他の子と比べることもなかった。



私は、家庭では食事の時に家族で楽しく話をして団らんの時間を持ちたいと思っていた。



けれども、夫は食事中は黙って食べるという考えだったので、会話はほとんどなかった。



私の実家でも子どもの頃には、団らんと言えるようなものはなかった。



息子にはふだんからもっと「どんな気持ち?」「どう思うの?」「なんでそう思うの?」とか、丁寧にやり取りすればよかったと悔やまれる。(あの頃の息子はそこまで言語化できなかっただろうけど、、、)



口の重い息子から返事がなかなか返ってこないので、ついつい私が先走って「こういうことかな?」「こうしたいのかな?」と口出ししてしまっていた。



じっくり待ってあげるということも大切だと、今なら思える。





登校しぶりがあったり、不登校の時には、「何が嫌なの?」「明日は学校に行くつもり?」「これからどうしようと思ってるの?」などと、こちらが安心したい焦りからのド直球の言葉がけが多かった。



何が嫌なのか、何で学校に行けないのか、自分でもよく分からない息子にとって、私は自分のことを分かってくれない、責めてくる敵のようなものだったことだろう。



一方で、夫とは興味のある科学的なことや鉄道のことはよく話していた。



思春期になると、私との会話はほとんどなくなった。



心も口も閉ざしてしまった。



世の中には、思春期でもお母さんと息子が仲が良くて、何でも話せる親子もいる。



私からしたら別次元に見えていた。





そのうち、学校に行くことよりも就職することよりも親子関係を再構築することが最優先だと思うようになった。



まずは、雑談ができるようになりたかった。



ところが、息子と何を話したらよいのか分からなくて、戸惑うことが多かった。



あれやこれや試してみると、息子が食いついてくる話題が見えてきた。



食いしん坊なので食に関すること、一時期はまっていた家庭菜園に関すること、鉄道に関すること、世界情勢に関することなどだ。



息子の好きなコミックやゲームやパソコンの話題は、私には理解し難くてお手上げだった。



はじめは私から、「これ、美味しいよね」などど簡単な言葉がけだった。



それが今では、息子の方から「今朝の納豆はいつものと違うね。糸の引き方や粘り、豆の固さが前と変わっている」などと自然に話してくるようになった。



私など、平凡な味覚しか持ち合わせていないが、息子は感覚過敏からくる鋭い味覚の持ち主で、少しの味の違いや構成要素について的確に分析し表現できる。



学校に行かせること、普通のレールに戻すことに必死だった頃には、そんなことにも気づけなかった。



家庭菜園を見ながら作物の育ち具合を話したり、ニュースを観てイラン戦争やトランプのことや資本主義社会について話すこともある。



遠出する時には、全国の路線図が頭に入っている息子に訊くと、乗り換え方法を瞬時に教えてくれる。



そんなひとときが、今はありがたく幸せだと感じている照れ