今日は、ワールドカップ日本対チュニジア戦だ。



にわかファンの私でもワクワクドキドキしている。



けれども、夫も息子も無関心だ笑い泣き





20年以上前、妊娠が分かった時、私はなぜか女の子だと確信していた。(願望だったのかもしれないけどね爆笑)



娘と一緒に庭で花を育てたり、お料理をしたり、手芸をしたり、、、



そんなことを勝手に夢見ていた。



なので、定期検診で男の子だと分かった時には、少しがっかりした。



けれども、無事に生まれてくることをとにかく願っていた。



無事に生まれてきたらきたで安堵とともに、男の子ならばと、それなりに理想が出てきた。



元気で活発で、みんなから愛されて、スポーツマンで、、、



などと、これまでの環境や経験から培われてきた『男の子はこうあるべき』という私のイメージを抱いていた。



ところが、息子は集団から逃げて、子どもの中で遊ぶこともなく、体を動かすことを嫌がり、スポーツは大の苦手だった。



なんで???えーん



大多数の子どもが喜ぶようなことは、息子にとっては苦痛でしかないように見えた。



それならば、スポーツ観戦とか関心を持てばと思ったが、これも全く興味がない。



実家の父も弟もスポーツマンで野球好きだった。



それで自然と私も野球好きになり、プロ野球中継をよく観ている。



夫も全くスポーツに興味のない人なので、家では私1人が野球やらサッカーやら観戦して盛り上がっている。



まったく、男のくせにスポーツに興味がないなんて信じられない😮‍💨



と、つい心の中で呟いてしまう。



でも、これっておかしいかもと気づく。



『男だからスポーツ観戦が好きなはず』というのは、私の思い込みであって、全ての男の人に当てはまることではない。



男のくせに、、、とか

女の腐ったような、、、とか

女々しい、、、とか



これらの言葉は、男はこうあるべきと同時に女性蔑視という社会にはびこる意識が表れていると思う。



男だから

女だから

子どもだから

母親だから

妻だから



自分の持つ思い込みが偏見を生み出し、自分自身も縛って生きづらくしているのではないだろうか。



そんなことを考えながら、ワールドカップの日本代表をTVの前で1人で応援している。



ほんとは、家族で盛り上がりたいのかもしれないなぁ爆笑




頑張れ!日本🇯🇵⚽

(テーマからずれた?💦)