以前の私は、(そんなに自覚はなかったけれど)学歴や仕事の肩書きに(かなりの)プライドを持った人間だった、と思う。



結婚を機に仕事を辞めてからは、私の肩書きは無くなり

〇〇家の嫁

〇〇さんの妻

〇〇くんのお母さん

という社会的役割に変わった。



その環境の中で、ちゃんとした嫁、妻、お母さんであろうと必死だった。



ママ友の世界では、学歴や職歴、特に学歴の話はタブーみたいな感じだった。



私の学歴も職歴も通用しなくて、お母さんへの評価は、子どもがどれだけ周りから評価されているかにリンクしていた。



だから、私は、息子をなんとか立派に育てようと頑張ったのかもしれない。



でも息子は、何一つ思い通りにならず、息子も私も周りから認められることはほとんどなかった。



肩書きや周りからの評価に存在価値を見いだす生き方や子育ては、自分を良く見せようととして、とても苦しかった。



『こうでなければ』という価値観に、自分や子どもを合わせようとするのだから、無理もない。



そんな中での息子の不登校は、私の生き方を修正しなさいというお知らせだったかもしれない。



肩書きや周りからの評価も取っ払って、本当の素のままの自分でいようとしたら、生きづらさがずいぶんと減った。



同時に、どんな息子であっても受け止め、応援したいと思えるようになった。



人間としてゼロのところにいることが大切



作家の西加奈子さんの言葉が心に響いた。



私も偏見やガチガチの思い込みに囚われない、ゼロでフラットな自分でいたい。



今の私は、息子がやりたいことがたとえ自分の想定外でも心から応援したいと思えるようになった。



それが、世間の常識とは異なっていてもだ。



どんな息子でも大丈夫と思える自分に少しずつ近づいているのかなぁ、、、照れ