家族で回転寿司に行った寿司



私としては、おしゃれなレストランとか古民家カフェとか居酒屋とか…そんな所に行きたい。



でも、そういう所は入り口がスロープではなくて階段で、トイレも車椅子用のものが設置されていない。



夫が車椅子のため、私達が入れる店は非常に限られている。



入り口とトイレが最優先の条件で、味とか雰囲気とかは二の次なのである。



今日行った『か◯ぱ寿司』は、入り口スロープがあり、店内が広くて移動しやすく、多目的トイレがある。



そこで、息子がめちゃくちゃ食べていた〜🤣



食べるわ飲むわで、想定額を超えてきたので、私からストップをかけたプンプン🖐️



我が子が食欲もあって、お腹いっぱい食べられるのは、嬉しいことではある。



でも、ほんの少しほんの少しだけ、『親はいつまで子どもを養えばよいのだろう?』という考えが頭をよぎった。



働いてないのだから仕方がないことなのだけど、私達夫婦は、死ぬまで息子からご馳走してもらうことなどないだろうと思った。



私の友達は、娘2人が大学を出て就職をしたら、すごく親孝行してもらっている。



長期休暇の度に娘の所に遊びに行って、家族で楽しく過ごしている。



記念日には、娘達から豪華なホテルの宿泊をプレゼントされたり、感謝の言葉を色紙にしてくれたり、ものすごく大切にされている感じだ。



正直、めちゃくちゃ羨ましい爆笑



息子の特性として、『こんなになったのは親のせいだ』と親を恨むことはあっても、今は感謝とかはないだろう。



その友達だって私だって、必死に子育てしてきた。



発達特性があったり、不登校•ひきこもりだったりすると、その労力とストレスは半端なく大きい。



でも、その苦労のわりには報われないような気がする。



不公平感が否めない。



うちはうちだ、ささやかなことでも喜びや幸せを感じて生きていける、という自負はある。



息子が自分らしく自分の人生を生きてくれたらとも思っている。



それでも、やっぱり何か子育てして良かったという見返りのようなものが欲しいのだろうか。



息子に何かを期待するのではなく、まずは自分で自分を満たしていけば、親孝行してほしいなどと考えなくなるのだろうか。



回転寿司でお腹いっぱいになりながら、そんなことをふと思った。



生きているだけでありがたいと思ったり、今日のようなことを思ったり、心はまだら模様なのだ。





息子は、「今度は(寿司)食べ放題に挑戦したい」と言っていた笑い泣き