庭にトマトとナスとキュウリとゴーヤの苗を植えている。



植物を育てるのが苦手な私だけれど、勝手口から1日に何度か庭を覗いて



苗が元気に育っているか、水やりが必要かを確認している目



ここ数日は、曇りや雨の日が続いており、どんよりとした天気だったが



今日は久しぶりにお日様が出た🌞



庭の木の葉も草も朝日を浴びてキラキラと輝き、眩しいくらいだった✨






あー、命のあるものはひとつひとつ全て輝いている、、、と感じた。



命のなくなったもの、例えば抜かれた草も切り落とされた枝も輝きを失っている。



生きているだけで、輝いているんだ!



そう思うと、よく不登校のお母さん達が口にする



『我が子には、キラキラしていてほしい』と願うのは



親の勝手な想いなのかもしれないと、ふと思った。



私も以前は、息子に誰よりも輝いていてほしいと思っていた。



キラキラしているというのは、他者の目に映る姿であって



それが、人と比べることになるとも気づいてなかった。



そもそも、キラキラしていないとダメなの?



いつも笑顔でいないといけないの?



何か好きなことに熱中してないといけないの?



キラキラしてないことを、笑顔でいないことを、立ち止まり休むことを望まないのは



目の前の我が子を認められない受け入れられないということだ。



人と比べることなく、その子の中にある生きる力、命の輝きを感じ、受け入れられたら



親も子も楽になるのだろう。



生きとし生けるもの全て、生きているだけで素晴らしいと思えると



唐突に、やなせたかしさん(朝ドラ『あんぱん』のモデル)の作詞した歌が浮かんできた♪♫♪



ぼくらはみんな生きている

生きているから歌うんだ

ぼくらはみんな生きている

生きているからかなしいんだ

(『手のひらを太陽に』より)




複雑な家庭環境で育った

戦争を経験した

挫折を味わった



やなせさんだからこそ、『生きる』ことを深く見つめ、その素晴らしさを私達に伝えてくれている。



絶望のとなりは希望。。。