息子が不登校になってから、学べば学ぶほど、自分の子育てが間違っていたのではないかと考えるようになった。



息子との間に愛着形成ができていなかったのではないか?



私の言動は、息子の自己肯定感を下げるものだった…



共依存になって境界線が引けていなくて、息子をコントロールしようとしていた…



周りと比べて自分の普通や当たり前を息子に押し付けていた…



もうね、反省のオンパレードだアセアセ





子育てに正解はないと言われているけれど、あまりにも知識もなく育ててきた自分を責めたり恥じたりしてしまう。



息子が不登校からひきこもりになってからは、子育てに失敗したのではないかと、ますます落ち込んでしまった。



先日、親戚の集まりに息子を連れていくかどうか悩んだ時に、私は息子のことをどこかで恥ずかしいと思っているのだと気づいた。



ふだんは、息子の生き方を認めたいと思っているし、親子関係も改善されてきているので、そんなことを考えることはあまりないのだが



何かをきっかけに隠れて(隠して)いた本音のようなものが顔を出してくる。





息子のことを恥ずかしいと思うことは、自分の子育てを否定し、自分を恥じることになるのではないかと、ふと思った。



ひきこもりであるということと、息子の人格は別なのだ。



『あなたの子育ては、そんなにダメだったの?』と自分に問いかけてみる。



たしかに、息子の特性も理解できていなかったし、自分の価値観をゴリゴリと押し付けてきた。



だが、私なりに息子の幸せを願ってのことだったし、愛情からのことだった。



命を削るくらい必死だった。



そんな自分を誰も認めてくれなくても、せめて自分は認めてあげたい。



頑張ってきたよね

そんなに自分を責めないで

もっとあなたの人生を楽しんでいいんだよ

ひきこもっても生きていこうとしている我が子を恥じることはないよ

自分の生き方の軌道修正ができたよね



こういうふうに思える時ばかりではないけれど、自分で自分に寄り添うことを忘れずに、これからも過ごしていきたい照れ