夫の母親の実家が墓じまいをすることになった。



そこで一人暮らしをしていたおばさんは遠方の老人施設に入り、後継ぎがないため墓の世話をする人がいなくなったからだ。



後見人になっている夫の従姉妹が、少人数で法要をするつもりだったらしい。



ところが、遠方の親戚から次々と申し出があり、10人以上の参加になった。



親戚のグループLINE(私は入っていない)には、そんなやり取りは何もなくて、たぶん、個別のやり取りで決まっていったようだ。



夫の弟からは、「大人数の会になりそうだから兄貴も参加したらどうか?」という連絡が入った。



それを知った夫は、怒って「いつの間にそういうことになったのか!自分には何も知らされていない!俺は行かない!」と、へそを曲げてしまった。



夫の言い分は、「グループLINEには、法要の日時だけが知らされていて、出欠を問う案内は何も無かったのに、自分の知らない所で話が進んでいておかしい」ということだ。



それでなくても体が思うように動かず、すねることも多いので、自分がないがしろにされたと感じるのだろう。



でも、このLINEのしくみは私も違和感を抱いたことがある。



例えば仲間でランチをする場合、グループLINEで日時や場所をお知らせする前に個別でやり取りして、一部で都合を合わせたり、お店を相談したりすることがある。



いわゆる根回しのようなもの。



始めは、それにちょっと罪悪感を感じていたけれど、今では当たり前にそういうことをしている。



これが、子どもの世界だったら、自由に自分の好きな人達と繋がって、陰でそうでない人の悪口を言ったり、仲間外れにしたりということが起こりやすい。



夫は、「LINEは、いじめの為の道具だ!」と憤っていた。



今時のことを知らないおじさんの言い分だけど、一理あるとは思う。





けっきょく法要には、夫も体調が良ければ参加することにした。



夫の従姉妹とも連絡を取って、お互いの事情を話すことができた。



その人と個別のLINEも繋がったらしい。



やっぱり、直接のコミュニケーションは大事だと思った。



高齢の親戚のおばさん達は皆いい人なので、私も会えるのが楽しみだ。



遠方だけど、頑張って運転して行こうと思う照れ